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松本 暁(まつもと あかつき)
詩人 utanoha代表

<ライブ情報>

・2014年4月13日(日)
■会場
東京倶楽部千駄ヶ谷店
■時間
open 13:30
1st stage 14:00
2nd stage 15:20
■料金
2100円(2ドリンク込み)
■出演
松本暁(詩の朗読)

・2014年4月20日(日)
■会場
中野aman
■時間
start 17:30
no charge
■出演
鈴木純、松本暁、長男ズ、廣瀬恭平、theharerock and more

・2014年5月11日(日)
デンデケプロダクション Vol.8
■会場
渋谷ラストワルツ
■出演
重力2、ランランズ、ヨソハヨソー、Swingy×松本暁、大谷彩子、grinramma




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中山聡 詩集「東京」
UTP-0002
¥500



zine "works"

これまでの活動が見れます。


興味をもってくれたかたは、
info@utanoha,jpまでメールください。


サドゥーのこと
インドには、サドゥーと呼ばれる人たちがいる。
苦行者、とか、修行者、とか訳される人たちだ。

布切れ一枚を身にまとって暮らしている。
全裸のもいる。
それでなんだかよくわからない苦行を自分に課して生きている。

片手を高く掲げたまま絶対に下ろさない、とか
立ったままで過ごして寝るときも絶対に横にならない、とか、
一言も言葉を発さない、とか。

自分が修行で身に付けた技を観光客に見せてお金をもらっているサドゥーもいる。
(ちんちんの先で剣を持ち上げるとか、意味不明なやつだ)
写真に撮るだけでお金を要求して来るサドゥーもいる。

彼らは道ばたにゴザをしいて、その上で生活したりしている。
そこで煮炊きをして、大麻を日がな吸っている。
警官が近くを通ってもお構いなしだ。

ぶっちゃけ日本人の感覚で見れば、
奇人変人の乞食集団だ。
彼らがやっていることにどんな宗教的意味があるのか、
ぱっと見では正直つかみづらい。

けれど彼らはれっきとしたヒンズー教のお坊さんであり、
その集団内には序列があって、高い位のサドゥーは聖者扱いされている。
信者からお布施をもらって生活している。

僕は以前インドに行き、その社会と文化にちょっとしたショックを受けた。
いや、ちょっとしたというより、なんだこりゃ!?という感じだった。
2000年前の仏陀の時代から変わらないんだろうな、という光景も目にした。
金曜日からインドへ二度目の旅行に行くけれど、
すごく楽しみだ。他にはない国だと思う。

もちろん、インドが楽園のような場所だとはひとかけらも思っていない。
むしろ社会が抱える問題の量では日本の比ではないだろう。
最近も気のめいるようなニュースが、たくさんインドから聞こえて来る。
ニュースサイトのページを開きたくもないような、
どうしようもない苦しさと切なさに胸をかきむしられるニュースだ。

旅行者ごときが、社会の上っ面をふらふらぶらついて、
あの国はどうだ、この国はこうだ、とか訳知り顔で言うのが、
僕はとても恥ずかしい。
なるべくそんな発言はしないようにしている。
円をたっぷり財布にいれたバケーション中の貴族が、
1日数ドル以下で暮らしている外国人の日常生活に入っていくことは、
不可能だと思うからだ。

6年前インドに行った時、
僕は最下層のカーストのさらに下の身分の子供たちと電気も通じていない村で
寝起きしたこともるし、
排気ガスで空気が曇った路上に座り痩せこけた人力車の運転手たちとならんで
カレーを食べたりもした。
けれど僕は一人の旅行者に過ぎなかった。
旅人、という言葉は僕は嫌いだ。
そんなセンチメンタルでナルシスティックな呼び名を付けるには、
日本人というだけで僕はインドでは特権階級過ぎる。

それでも、それでも、インドについて人に話すときは、
笑顔が浮かんでしまう。
その時の僕はきっと、ここではないどこかに憧れるような、
遠い目をしているだろう。

インドの文化が持つ社会の幅の広さと奥行きは、
僕にはそのまま大陸の途方もない広さと積み重ねた歴史の奥深さを感じさせる。
それは日本にはない。
インド文化が持つ粘り腰の強さとしたたかさは、
僕にはとっても自由でたくましいものに見える。

サドゥーもその一部だ。
彼らがインドの多数派を代表しているとは思わない。
けれど彼らはインド社会の一翼を確かに担っている。
真理の探究のために、現世での利益や贅沢さを捨て、
仏陀の時代と何も変わらずに遍歴しているのだ。
シリコンバレーで世界のIT業界を左右するような技術者を多数輩出する一方で、
ガンジスのほとりやヒマラヤの奥地で神さまと一体になるためだけに
生きている人たちがいる。
その幅の広さに僕は惹かれる。

それがインドだとは口が裂けても言えない。
でもその幅の広さが、インドの社会に存在していることは確実だ。
その幅の広さを、僕ははっきりと、「好きだ」と言える。

まあ正直うっとうしい連中も多い。
疲れるし面倒ごとが多い国だ。
現地で生まれ育った人たちにとっては、
どうにもできない壁がいくつも立ちはだかるような社会でもあるだろう。

それでも、それでも、だ。
6年前の旅行で本当にたくさんの忘れられない経験をした場所であり、
その文化に尊敬の念を抱いてしまう。僕にとってインドはそんなところだ。

今月からアラハバードで始まるマハ・クンブメーラーには、
インド中からサドゥーが集まる。
ガンジス川とヤムナー川が交わる「サンガム」と呼ばれる三角州は、
ヒンズー教の一大テーマパークの様相を呈するだろう。
僕はただの外国人旅行者としてそこに行く。
本当の意味で内部に入ることはできないだろう。
でもそれでもいい。
僕なんかがふらっと迷い込んでも、インドは気にも留めないだろうし、
そのまま飲み込んでくれる懐の深さがある。
僕はせいぜい死なないように気をつけて、
また日本に帰ってくるだけのことだ。
いくつかの課題をやりとげて。

出発は1月18日の金曜日。
あと4日後。
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by matsumotoakatsuki | 2013-01-14 22:03 | インドに詩の朗読をしに行く