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松本 暁(まつもと あかつき)
詩人 utanoha代表

<ライブ情報>

・2014年4月13日(日)
■会場
東京倶楽部千駄ヶ谷店
■時間
open 13:30
1st stage 14:00
2nd stage 15:20
■料金
2100円(2ドリンク込み)
■出演
松本暁(詩の朗読)

・2014年4月20日(日)
■会場
中野aman
■時間
start 17:30
no charge
■出演
鈴木純、松本暁、長男ズ、廣瀬恭平、theharerock and more

・2014年5月11日(日)
デンデケプロダクション Vol.8
■会場
渋谷ラストワルツ
■出演
重力2、ランランズ、ヨソハヨソー、Swingy×松本暁、大谷彩子、grinramma




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zine "works"

これまでの活動が見れます。


興味をもってくれたかたは、
info@utanoha,jpまでメールください。


私たちはあと二日後にこの町を出る
私たちはあと二日後にこの町を出る




みんなでたき火を囲んでいるようだった。大平原にあぐらをかいて座り、持ち寄った異国の酒を飲みかわしては、互いのふるさとの話を肴に笑い合う。2013年1月28日の夜、インドはバラナシ、ガンジス川のほとりに建つ、かの有名な日本人宿クミコハウス旧館の屋上はそんな感じだった。

たくさん韓国人台湾人二人中国人の女子大生二人日本人僕含めて三人ドイツ人一人(そいつの名はルーカス・カルテンバッハ)。5つの国から来た旅行者が輪になって座っていた。ろうそくを並べた真ん中にはインドのウイスキーやバランタイン・ファイネスト、コーラ、スプライト、ミネラルウォーター。インドのウイスキーは韓国人のジュオンたちが買って来たもので、この人数で割りながら飲んでも余りそうなほど本数があった。インドのクッキーが3人に一袋ぐらいの間隔で置いてある。クッキーは何種類も用意されていて、味はどれも結構あなどれない。でも甘いものだけかあと思い僕はインドのポテトチップス、レイズの塩味が恋しくなっていた。僕の両側にはしょう君とケイタ君。バランタインはその日の午後に町を出た幼なじみの典久とその後輩かっちゃんの二人が置いていったやつだ。

この日の屋上パーティーはジュオンが言い出したもので、彼や彼の友人の韓国人の子たちが同じ安宿に数日袖触れ合った思い出にと、他の宿泊客に声をかけ、日本組は韓国語がちょっと話せるケイタ君を通じて誘われた。ケイタ君と仲良しのジュオンは日本語がちょっと喋れて、最初に会った時「ジュオン、ジュオンね、ホラー映画」と自己紹介してくるような気のいいやつで。ケイタ君は、すでに3週間ぐらいバラナシにというかクミコハウスのドミトリーにいて、ゆるく旅行を楽しんでいる20歳ぐらいの日本人の男の子。僕の左側に座っているしょう君は3ヶ月バラナシで過ごしそれからリシュケシュにマッサージの資格を取るために行くという予定で、リシュケシュにはやっぱり3ヶ月いるという、長いがメリハリを利かせた旅程を組んでいた。二人の力を抜いてまっすぐに沈没しているたたずまいが僕はとても好きだった。

中国の女子大生は1人が上海から来たシンシア。彼女は上海がもつ上品さそのままの流暢な英語を話した。もう一人がちょっとヒッピーじゃないけどボヘミアンを感じさせるエキゾチックなファッションとエキゾチックな顔立ちのダーヘイ。湖南省出身。

パーティーの公用語はもちろん英語だ。韓国人の子らはほとんど大学生で、まだ高校生で帰ってから卒業するなんて子もいた。小太りで黒縁眼鏡の韓国人の男の子が、自分の名前を漢字でかくと中国語でどんな発音になるか知ってるよと、中国人の二人に話しかける。
「僕の名前は中国風に発音するとこうなるんだよ。シン・ジタイ」
「シン・ジタイ?」
「そう!シン・ジタイ!でしょ?だって漢字で書くとこう書いて…」
と空中に指で漢字を書いてみせる。
ダーヘイがなんだかニヤニヤしている。
「いやいや、なんで笑ってるの?」
つっこみどころを見つけたシン・ジタイ君が食いつくと、彼女はこらえきれずに声を上げて爆笑した。
「あははは!だって君の名前はシンなんでしょ、シンは中国ではセックスっていう意味なんだよ。あはは、笑える!」

それからはずっと、修学旅行の寝る前の好きな人言い合いタイムぐらいのフレッシュな、でも使う言葉が英語のため極めてシンプルな下ネタで盛り上がった。
韓国の大学生たちがアイ・ワント・トウ・シン!と大声を上げて繰り返していたあたりがマックスだっただろう。だれかがシンシンシンシンと早口で言ったので僕がまんこまんこまんことアンサーしたぐらいが日本側から提供されたわずかな下ネタだったけれど、日本人3人ともその場を多いに楽しんでいた。

僕はプラスチックのコップに典久たちの置き土産のバランタインをつぎ足した。
典久は僕の小学校一年生からの幼なじみで、今回同じ1月18日に日本をそれぞれ東京と福岡から発ちインドのコルカタで合流してここバラナシまで一晩汽車に乗ってやって来た。典久と一緒に福岡からやってきたのが隣の地区の中学校の一っこ下だったかっちゃん。二人は昼の3時ぐらいだったか夕方にならないまだ明るい時間にゴドリヤの交差点からオートリキシャに乗って空港を目指しバラナシを出てしまった。彼らはバラナシからアーグラーまで飛び、そこで電車に乗り換えジャイプールへと向かう。僕は1月31日に詩の朗読ライブをやるからバラナシに2月2日まで残り、その日の夜7時40分の飛行機でデリーへと飛びそのまま午前3時30分発上海経由の便で東京に帰る。

今回の2週間のインド旅行で、僕はやりたいことが3つある。

1 アラハバードという町で12年に1度開催されるマハ・クンブメーラーというお祭りを見る
2 もうつけることがなくなった結婚指輪をガンジス川に投げ入れる
3 ヒンズー教の聖地バラナシで詩の朗読のライブをする

毎日情報集めと挨拶回りで動き回っている感じだ。意外と忙しい。バラナシにいるのになんで。

「あれ、いつのまにかルーカスがいない」
ケイタ君が言うので僕は改めて北から南に一座の顔ぶれを見渡した。
「ほんとだ」
「あいつ、いっつもいつの間にかいなくなりません?ほんとあいつおもしろいっすよね」
ルーカスは不思議なやつだった。気づいたら輪の中にいて、特に何か喋るわけでもなく、いなくなったと思ったら自分の寝袋のうえにうつぶせで寝ている。外出どころか3階のドミトリーからさえ出ている様子がない。このパーティーでもルーカスはほとんど何も話さなかった。かといって退屈しているわけではないみたいで、静かに考え事をしているようにも見えるし、ただぼーっとしてるだけにも見える、つかみどころがないが何故か構いたくなってしまうやつだった。

「私たちはあと二日後にこの町を出るの」
バラナシにはいつまでいるのかというジュオンの質問に、ダーヘイが答えた。
「え、ほんとに?同じ日だね。俺らもその日に出るよ。」
とジュオンが肩と肩がくっつきそうな距離に近づく。まだしばらく滞在するつもりの韓国人大学生チームは「オー、ノー!」と寂しがった。
すっかりその場の主役におさまっているシンシアとダーヘイを眺めながらケイタ君が言った。
「やべえ、中国人かわいい」
「めっちゃかわいいね」
「中国人ていうだけでなんかかわいい。」
「カワイイデスカ?」
「え!喋れんの?」
それまで一言も日本語が分かる素振りを見せなかった上海娘のシンシアが、こちらに日本語で返して来たのだ。
「チュウゴクジン、カワイイデスカ?」
「すげえ、分かるんだ。俺変なこと言わなかったですよね。」
「大丈夫、ずっとほめてた」
シンシアはまるごと育ちのいい才色兼備なお嬢さんという感じで、韓国語も少し話せるようだった。聡明そうなシンシアならさらにもう一カ国語ぐらい喋れたとしてもまったく不思議はない。ケイタ君が彼女にたずねる。
「ねえねえ、かわいいのチャイニーズは?ワット・ドゥー・ユー・セイ・カワイイ・イン・チャイニーズ」
「クーアイ」
「え、クーアイ?」
「ノー、クーアイ」
「じゃあじゃあ、ユー・アー・カワイイは?」
「ニー・クーアイ」
「ニー・クーアイ」
「ニー・クーアイ」
「ニー・クーアイ。へー、そう言うんだ。ニー・クーアイ」
ケイタ君が何度も繰り返し発音するのを聞き、シンシアは照れながら「カワイイ」とつぶやいた。

1月末のバラナシの夜はまだ少し冷えて、だれもがショールや上着を持って来ていた。クミコハウス旧館の屋上は見事なガンガー(ヒンディー語でガンジス川)・ビューで、その夜も大河は、街灯の光に照らされた霧をシルクのスカーフみたいに漂わせ、ゆっくりゆっくりと流れていた。実際僕にはガンガーはいつ見ても止まっているように見えた。どっちからどっちに向かって流れているのか、いくら見ていても分からなかった。

「ダーヘイ、どうしたの、なんで泣いてるの?」
PSYのまねで一座の笑いをさらっていたシン・ジタイ君が、びっくりしたようにダーヘイにたずねた。ダーヘイはカラオケではR&Bでも熱唱してそうな元気な雰囲気の子で、お嬢さまタイプのシンシアと違いちょっとワイルドな感じも漂わせていたから、その彼女が背筋を伸ばして座りぽろぽろと涙を流しているのに一同目を丸くした。ダーヘイが答える。
「だって、幸せだから」
「ダーヘイ!」

彼女の言う通りだった。この場には韓国人と台湾人と中国人とドイツ人と日本人がいて、友達になって笑いながら酒を飲み、しかもここはインドのバラナシで、目の前にはガンガーが流れていて。そのうえ明日の朝起きても仕事にも学校にも行く必要がない。これが幸せでなければ一体幸せとはなんだろう。このパーティーに参加したみんながきっと、自分の国に帰ったあともこの夜のことを思い出すに違いない。

僕は想像した。千年前にもこんな酒宴が開かれたことがあるとしたら。場所はインドではなく、中国のどこかの都だったかもしれないし、シルクロードのオアシスに居合わせたキャラバンたちが分け合った晩餐だったかもしれない。昔話ならロマンチックな一夜の物語。けれどこの日の多国籍な飲み会はまぎれもない僕らの現実だった。ここにいる全員が年を取って死んだとしても、世界のどこかできっと何度もこんなパーティーが繰り返される。西と東も祖国と外国もすでに大昔からこうして出会い、つながりあって来たのだろう。

僕は忘れないように、今回の旅行のことを書きとめようと思う。前もって思い出話を記録しておけば、またどこかで彼らと再会したとき、すぐに懐かしい話題で盛り上がれる。バラナシの夜空に星はたいして見えなかった。けれど誰一人残念に思っていなかっただろう。毎日がまばゆいばかりの輝きに包まれていて、しかもその光の源はそれぞれの内にあることを僕らは知っていたのだから。



2013/01/28
バラナシ インド
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by matsumotoakatsuki | 2013-02-07 23:01 | インドに詩の朗読をしに行く