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松本 暁(まつもと あかつき)
詩人 utanoha代表

<ライブ情報>

・2014年4月13日(日)
■会場
東京倶楽部千駄ヶ谷店
■時間
open 13:30
1st stage 14:00
2nd stage 15:20
■料金
2100円(2ドリンク込み)
■出演
松本暁(詩の朗読)

・2014年4月20日(日)
■会場
中野aman
■時間
start 17:30
no charge
■出演
鈴木純、松本暁、長男ズ、廣瀬恭平、theharerock and more

・2014年5月11日(日)
デンデケプロダクション Vol.8
■会場
渋谷ラストワルツ
■出演
重力2、ランランズ、ヨソハヨソー、Swingy×松本暁、大谷彩子、grinramma




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中山聡 詩集「東京」
UTP-0002
¥500



zine "works"

これまでの活動が見れます。


興味をもってくれたかたは、
info@utanoha,jpまでメールください。


僕はいつもこの曲がりくねった路地を行ったり来たりしている
   


2013年1月26日午前1時16分

僕と典久とかっちゃんは早足でガンガー沿いをメインガートへと歩いていた。石段の上に竹で編んだ日よけのパラソルが並んでいる。その下には修行者や夕方のプージャに来たと思われる老夫婦、子供たち、鳴り物で結婚を祝う若い夫婦、いくつもの家族と大勢の観光客。その間をすり抜けながら進む。

ガートと呼ばれる川へ下りるための足場。足場と言っても実際には階段でもあり道でもあるような川岸を覆って続く石畳で、横にはジブリに出て来てもまったく違和感がない赤茶けた城壁のような建物が並ぶ。誰かが暮らしているのだろうけれど、建物同士の境い目もはっきりしなければ入り口がどこにあるかも分からない。かと思えばその隣に外国人旅行者向けゲストハウスの派手な看板が出ていたり、壁にカラフルな神様の絵が描かれていたり。

そんな景観が僕の左手南北に見渡す限りだ。正確に言えばそれもせいぜい数キロメートルということなのだろうけれど。沐浴のために作られたガートを今では外国人が遊歩道のように闊歩し、ボート屋、チャイ屋、土産物屋、マッサージ屋が商いを競う。牛がいる。犬がいる。ヤギがいる。屋根の上にはサルがいる。木の枝にはリスがいる。ガンガーとの接点にある信仰心がこの町の心臓になり人を集め動かしている、というのがバラナシに対しての、アッシーガートとメインガートの間に毛細血管のようにはりめぐらされた迷路みたいな路地ベンガリートラのかたすみに寝起きしている外国人の、僕の印象だ。

バラナシは仏陀の時代にはすでに北西インド有数の宗教的聖地だったはずで、町そのものの歴史は相当に古い。日本書紀が編纂される千年ぐらい前には成立していた都市であり、それが現在も昔と同じありかたで存在しているという文化的な連続性は、霧の底にどっしりと重量をすえた大岩のような、無言で揺らぎがたい品格を町とそこに住む人たちに与え、旅行者の僕を圧倒する。

僕の右手、ガンガーを挟んだ対岸にはなにもない。本当になにもない。砂浜と中木林が見えるのみ。聖地とはいえ観光地なのだから実際のバラナシは騒がしくて忙しい町だ。けれど対岸には白砂の上にまばらに雑草を生やす中州とその奥にかすむ切れ間のない木立が生えているだけ。宗教的に不浄の地とされ、アウトカーストとして人の世の穢れを負わされた最下層の人々が住む対岸の眺めはおそらく、1000年前と変わらない。多分2000年前とも。朝日はその方角から登って来る。

「ハロー、マイフレンド。ゲンキ?オニーチャン」
笑いかけてきたインド人が握手を求めて僕の足を止め手を取り、そのまま両の手のひらで僕の右手を覆い、頼んでもいないハンドマッサージを勝手に始める。もちろんそのあとはお金の話になるに決まっているので早々に振りほどくと、
「ベリー・ベリー・グッドマッサージ」
と営業トークを始めるので、「サンキュー、ナマステ」と笑顔で手を合わせ背を向け歩き出す。観光客と巡礼とで混雑したメインガートの石段にも僕らが探している、えださん、あっちゃん、りょーたくんの日本人旅行者3人の姿はない。




その4時間ほど前 2013年1月26日午前9時43分  フレンズ・トラベル

日本円をルピーに両替してもらっているところへ、えださんが通りかかった。「ちょうど探してました」といつものニット帽にベージュのカーディガンといういでたちの彼がフレンズ・トラベルに入って来る。建物の壁にくりぬかれた箱のような半地下にデスクとパソコンと来客用の椅子を置いただけの完全にシンプルな作りで壁の上半分はくっきりした赤色、モンドリアン的に黒の縁取りで区切られたその下は白。フレンズ・トラベルは、ビッグ・ボスと呼ばれながら笑って仕事をこなす妻と、メガネにひげでなりはちゃんとしているがデスクに尻が座らないのは子供なみにも見える夫がふたりでやっている旅行会社だ。クミコハウスからベンガリートラのメイン通りへ向かう途中にある。

えださんとはインド北西部の大都市コルカタで出会った。サダル・ストリートの道ばたにテントを広げたチャイ屋の向かいの椅子に座りあったのが初対面。僕らと同じ目的でバラナシに来た彼とは前日に再会し、そのときに、僕らはバスよりは割高だが車をチャーターするつもりだということ、もちろん一緒にチャーターするのも大歓迎ということを伝えていた。その件でとえださんが話し出す。
「僕らもねえ、一緒に車で行けたらと思って。まだ大丈夫ですか?」
僕は答える。
「全然大丈夫ですよ。これから車一台で何ルピーぐらいかかるか聞いてこようと思ってて。だからお金がいくらかはまたあとでいいですか?」
「全然大丈夫です。ありがとう」

大きなバックパックを背負った西洋人カップルが表を歩いてゆく。広いところでも3人すれ違ったらいっぱいいっぱいという道幅のベンガリートラには、大音量でインド音楽を流すCD屋、スカーフやショールを緞帳のように店頭に吊るしたシルク屋、服屋、生活必需品が手に入る売店、シタールやタブラなどの演奏が聞こえてくる楽器屋兼ミュージックスクール、フレンズ・トラベルのような旅行会社、神様の像を売る土産物屋、ネットカフェ、レストラン、お菓子屋さんなどなどが狭い石畳の通りに両側から覆い被さるように軒を連ねる。夜にはオレンジ色の電灯で照らされるベンガリートラはまるで夏祭りの縁日だ。

「何時ぐらいに出発する感じですか?」
「うーん、昼ぐらいには出発したいんですよね。だいたい車で3時間ぐらいじゃないですか、向こうまで。できれば暗くなる前に着きたいっすよね」
「そうですね。了解です。じゃあまたあとで」
「またあとで」




その4時間ほど後 2013年1月26日午後1時19分 メインガート

「ちょっと待って、ちょっと待って」
僕は前を歩く典久とかっちゃんの二人を呼び止めた。
えださんたちがいるとしたらどこだろう。ガートの南端にあるアッシーガートのほうか、火葬場のある北端のマニカルニカガートのほうか、あるいは川を離れたゴドリヤの交差点のほうか。
「なんかさ、せっかく3人おるけんバラバラに探さん?」
「いいよ、じゃあ俺はベンガリートラのほうから見て帰るわ。かっちゃんは川のほうから帰ってよ。暁はマニカルニカ・ガートのほう行ってきて。2時に宿集合でいい?」
典久がてきぱきと割り振る。何かを決定するときの典久は素早くて明確だ。僕はいつもふわふわしているから「お昼」なんてやわらかい時間帯で約束をしてしまい、そのせいで今えださんたちを探し歩くことになってしまっている。
「じゃあ2時にクミコで」
僕らは3方向へ分かれて歩き出す。




その3時間ほど前 2013年1月26日午前10時21分 デヴィ・バラナシ・ミュージック・ハウス

ナヴィンは僕が前日話したライブのアイディアについて、特に何か言ってくることもなくタブラのレッスンを進めている。だから僕もことさらその件は取り上げなかった。ナヴィンにはまだうまくこちらの気持ちを伝えられてない気がする。早くいろいろなことをフィックスさせなければいけないけれど、こちらの都合だけで急ぐわけにはいかない。

クミコハウスからゴドリヤ方向にベンガリートラを歩いて5分ほどの左側、手を広げれば両側の壁に指がつくほど狭い作りのデヴィ・バラナシ・ミュージック・ハウスで、僕とナヴィンはタブラを間に置き斜めに向かい合って座っていた。
「今日は新しい言葉を教えるよ( Today I give you new words. )」
ナヴィンが僕のノートに文字列で楽譜を書く。


Dha Tee Te Dha | Tee Te Dha Dha
Dha Dha Tee Te | Dha Dha Tun na


タブラは面白い。叩き方によってDhaやTunなど一つ一つ音に名前があり、タブラはその組み合わせや配列にしたがい演奏される。言葉で出来た音楽。なんだか哲学的で宇宙的だ。

表でナヴィンの弟のゴパールが日本人と話す声が聞こえて来た。カーテンから顔を出してのぞいてみると、えださんたちだった。
「こんにちは」
「おお、暁さん。こんなところで。習ってるんですか?」
「そうなんです。ちょっとやってみようと思って。このあとどんな予定です?」
「お昼にはクミコに戻ってると思いますよ」
「了解です。俺は、ソナの店が11時に開くんで、このあと行って車のこと聞いてきて、それでお昼にクミコ戻りますよ。その時ならだいたい金額とか分かると思います。じゃあお昼に」
「お昼にまた」




その1時間ほど後 2013年1月26日午前11時37分 ソナの店

何でも屋のソナの店のシャッターは完全にしまっている。タブラのレッスンが終わってから典久とかっちゃんと合流し、そのままソナの店までやってきたけれど、開いてないんじゃあどうにもできない。休みではないはずだからソナを待つしかない。

ソナ。ベンガリートラのゴドリヤ寄りの辺りに店を構えているインド人。日本人の奥さんがいて日本語はぺらぺら貸本から土産物各種手配暇なときの話し相手まで看板に書いてある通りの何でも屋で、日本人旅行者からの信頼も篤い。まあどうせソナはのんびりやってくるんだろうということで3人でしばらく待っていたけれど、一向に店主はあらわれない。
「宿で久美子さんにも聞いてみらん?車用意できるか」
典久が時計を見ながら言う。ぼんやりしていても始まらないということで、典久たちはクミコハウスに戻り久美子さんに車の値段を聞く、誰かがここに残って待っているほうがいいので僕はこのままソナの出勤を待つ、ということになった。

僕はシャッターに寄りかかっていた。時刻はすでに12時に近い。サリーを着たおばあさんが裸足で歩いていく。石畳の上には結構な確率で牛のふんが落ちているし、僕も2日前に踏んだばかりだったのだけれどおばあさんは気にする様子もない。僕は踏まれないように足を引っ込めた。鼻先を一頭のホルスタインが通ったので。

「ナマステ。なんか用?」
声をかけられて振り向く。ソナがあらわれた。
「ナマステ」
僕は胸の前で手を合わせ返事をして早速本題に入る。
「アラハバードまで車を1日チャーターしたら往復で1台いくらぐらい?」




その30分ほど後 2013年1月26日午後0時28分 クミコハウス旧館

僕は2階に上がり部屋に戻る。部屋には典久一人だった。
「かっちゃんは?」
「今新館のサントスに車の値段を聞きに行っとうよ」
典久が木のドアをあけベランダに出る。
「俺も聞いて来たよ、値段」
2人で並んでベランダの金網ごしにガンガーを見下ろす。巡礼をのせたボートが下ってゆく。僕はタバコに火をつけ煙を深く吸い込む。
「ソナが言うには、4人乗りで日帰りなら3500ルピー、向こうで1泊したら4500ルピー。6人乗り1泊で6500ルピー。らしい。まあバスとか電車よりは全然高い」
「全然いいよ。足が手に入るっちゃけん」
階段を上がってくる足音がする。かっちゃんが戻って来た。
「どうやった?」
「車1台ドライバー込みで、3500ルピーて言うてましたね、1泊で。それは4人乗りの値段で、6人乗りなら5500だそうです。」
「ソナより安いね。まあどっちにしろ6人乗りの金額をえださんたちに伝えて了承を得てかららやね。返事は」
「それがですね、車をおさえてるから早く返事をくれって言うんです」
「どのくらい待ってくれるって?」
「30分ぐらいで返事がほしいらしいですね。まだ一緒に行く友達と会えてないからって言って、待っとってもらってるんですよ」

クミコハウスに帰って来て部屋に上がる前に、僕は1階のえださんたちの部屋をのぞきに行ったけれど、ドアには外から南京錠がかかったままだった。彼らはまだ帰って来ていないようだ。出発は早いほうがいい。遅れれば、向こうに着くのが日没後になってしまう。夜に寝る場所を探してふらふらとあてどなくさまようのはできれば避けたい。
「探しに行かん?」
どうせそんなに遠くへは行ってないはずだ。典久が返事をする。
「おお、いいよ、行こう」
部屋を出て階段を下りるとフロントに久美子さんがいたので頭を下げる。
「すいません。まだ友達と会えてないんで決定が出来ないんです」
「ああ、友達って昨日入って来た子たち?さっきまではいたのにね」
「どこに行くとか言ってました?ちょっと探しに行こうと思って」
「ごはん食べるって言って出て行ったよね。スパイシー・バイツに行くとか言ってたかな」
「ありがとうございます。じゃあ行ってみます」
僕と典久とかっちゃんは通りへ出る。

僕はいつもこの曲がりくねった路地を行ったり来たりしている気がする。今日この店の前を通るのは何度目だろう。スパイシー・バイツはローカルの店よりは高めのインド料理から日本料理韓国料理など雑多なメニューを揃えるベンガリートラにある観光客向けのレストランだ。のぞいてみると中には韓国人観光客ばかり。
「おらんですね」
「見当たらんね」
奥に日本人らしき一団がいるが、えださんたちの姿はない。
「あ」
僕は見覚えのある顔をその中に見つけた。えださんと初めて会ったコルカタのチャイ屋でえださんの隣に座っていたニット帽に長髪の名前はなんて言ったっけ。彼とは話したことがある。えださんの友達だ。
「ちょっと待っとって」
僕は店内に入りその日本人旅行者の肩を叩く。
「こんにちは。どうもお久しぶりです。えださん見かけませんでした?」
「ああ、どうも。えだ?いや今日は見てないよ。」
「そうですか。じゃあもし会ったら松本暁が探してたよって伝えてもらってもいいですか?」
「オーケー、言っとくよ」
「ありがとうございます」
スパイシー・バイツから引き返ししばらく歩くと路地の切れ間から強い光が差す。ガンガーだ。ガートの階段を下り川沿いを左に曲がる。メインガートへ歩く道すがら彼ら3人を探そう。




その1時間ほど後 2013年1月26日午後1時45分 マニカルニカガート

宝石の首飾りのガート、という名前を持つバラナシ最大の火葬場として知られる場所。死者は色鮮やかで光沢のある布に包まれ、太鼓で賑やかされつつ行列でガートへ運ばれ敷かれた薪の上に横たえられる。そこで死者は太陽の下ガンガーに煙をくべるように焼かれ灰はガンガーへとまかれる。火葬場と言っても大きな建物があるわけではなく、すべては川岸で衆人環視の中だ。望むのなら火の傍らで死体が灰になるまでの一部始終を眺めていることだってできるけれど今は時間がない。焼き場を見下ろすように階段に店を構えるチャイ屋のわきに立ち辺りを見渡す。3人はいない。時間的にもここまでだ。宿に戻ろう。




その1時間半ほど後 2013年1月26日午後3時13分 クミコハウス旧館

3手に分かれて探し歩いたものの結局えださんたちを見つけられなかった僕らは、もうこうなったらあせっても仕方がないと部屋のベッドに輪になって座りお菓子を広げてくつろいでいた。久美子さんのほうには返事はもうちょっと待ってくれと伝えてある。クッキーをかじっていたらドアがノックされたので開いてみるとえださんが立っていた。
「ああ、いた。よかった。暁さんたちが探してるよって友達に言われて戻って来たんです」
スパイシー・バイツでの伝言が役に立ったのだ。僕は車の値段を伝える。頭数で割れば一人当たり900ルピー程度。あっちゃんとりょーたくんも金額に同意してくれた。僕らはサントスに車を雇うと返事をする。出発は午後4時。

例によってドライバーは4時になってもあらわれず遅れること1時間余り、5時過ぎになってようやく僕らはアラハバードへと旅立った。12年に1度開催されるインド最大規模の祭り、マハ・クンブメーラーを見に行くために。



2013/01/26
バラナシ インド
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by matsumotoakatsuki | 2013-03-04 22:56 | インドに詩の朗読をしに行く