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松本 暁(まつもと あかつき)
詩人 utanoha代表

<ライブ情報>

・2014年4月13日(日)
■会場
東京倶楽部千駄ヶ谷店
■時間
open 13:30
1st stage 14:00
2nd stage 15:20
■料金
2100円(2ドリンク込み)
■出演
松本暁(詩の朗読)

・2014年4月20日(日)
■会場
中野aman
■時間
start 17:30
no charge
■出演
鈴木純、松本暁、長男ズ、廣瀬恭平、theharerock and more

・2014年5月11日(日)
デンデケプロダクション Vol.8
■会場
渋谷ラストワルツ
■出演
重力2、ランランズ、ヨソハヨソー、Swingy×松本暁、大谷彩子、grinramma




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中山聡 詩集「東京」
UTP-0002
¥500



zine "works"

これまでの活動が見れます。


興味をもってくれたかたは、
info@utanoha,jpまでメールください。


大きな丸い月が浮かんでいた。僕は頭上にたるんだ布の隙間からのぞく夜空をぼんやりと眺めていた



典久と知り合ったのは僕が小学校一年生の時だった。出会ったその日に典久はうちに来て昼ご飯のラーメンを食べていた記憶があるから、きっとその日は土曜日か日曜日だったんだろう。よく喋る子やったねえと母親が晩に振り返っていたほど元気なやつで、家も近かった僕らはその日から今まで振り返れば幼なじみになっていた。

近隣の中学に筑紫に筑山ありと恐れられていた僕の中学校で、3年の時典久は生徒会長をつとめていた。卒業式の朝、彼は頭はリーゼント真っ赤な学ランの背中に豪華絢爛派手な刺繍といういでたちであらわれた。なんのことはない。一番の不良が生徒会長をしていたというだけのことだ。大学で僕は東京に出て、彼は地元周辺で仕事を始めた。会うのは数年に1度になったけれど時々いつもの調子で電話がかかって来る。
「もしもし、なんしようと?」

6年前、僕らはマハ・クンブメーラーが2013年の1月にアラハバードで開催されることを知り、そんなにすごいお祭りなら絶対行こうと約束をした。それが実現した。今回インドには、僕は中国経由で、典久は後輩のかっちゃんと一緒にバングラ経由でそれぞれ別ルートで入国し、コルカタで合流した。サダル・ストリートの脇道に立つホテル・パラゴンのフロントで、聞きなじんだ声に地元と同じ調子で「暁」と呼ばれ振り返った時は、失ったはずの過去の記憶を取り戻したタイムトラベラーのような、非日常と日常が1度ずれてまたくっつき直す感覚を味わった。

今回のインド旅行の、僕の最大の目的は、2009年1月1日に小久保しずかと松本暁の二人でかわした結婚の証の指輪を、ガンジス川に投げ入れることだった。シルバーとゴールドが円を描き絡み合う指輪を聖なる日の曙で染めあげ、過去現在未来を飲み込み流れるガンガーのふところにおさめる。僕らの指輪を地球の歴史にしずめてやりに、僕はインドへ行った。僕らは2012年の10月14日に離婚したから、インドに着いた時すでに指輪はつけていなかったけれど、絶対に失くさない場所に肌身離さず持っていた。

コルカタからアラハバードまでの中継地点として、まず僕らは列車で一晩かけてバラナシへ向かった。バラナシからアラハバードまでは車で3時間あれば行ける。行こうと約束したときから数えれば6年間と、プラス数日間かけて、僕と典久はマハ・クンブメーラーにたどり着いた。

あてもなく夜のお祭りのなかを歩き出した僕らは、道ばたのサドゥーのテントに泊めてもらえることになった。弟子らしき若いお付きの者や信者のような数人が、テントの真ん中に座るサドゥーの周りをとりまいている。そこに入れ替わり立ち代わり祝福を授けてもらいにインド人の巡礼がやってきた。外に立ったまま手を合わせている彼らはテントに入ることはできない。目を合わせてもらえるだけでもうれしそうだ。僕ら外国人観光客にチャイをふるまいながら、サドゥーは自己紹介した。
「私はナーガ・ババだ。ジャイプールから来た」
彼は長い髪を頭のてっぺんで束ね、髭は首が隠れるほど伸びていた。体中に白い灰が塗られていた。一枚の服も着ていなかった。

中学校の後、高校で僕は進学校に典久はヤンキー校に通うようになり電車の方向も反対になったから、会うのも駅でたまにというふうに減った。典久は数ヶ月会わなかったかと思えば夜にふらりと僕の家に遊びに来たりして深夜に帰ってゆく。日曜日の午後に近くの池の土手でばったりということもあった。

ある日の夜更け、友人の一人が突然尋ねて来た。彼も不良街道を爆音を上げつっ走っていた者の一人で、けれど家にノーアポで来るほどには普段親しくはしていなかったのでなんだろうと思っていたら、その友人はドアを開けるなり息せき切って僕に質問してきた。
「典久がどこにおるか知らん?」
なんだか切羽詰まった雰囲気だったので、知らないと手短かに伝えると、彼は「分かった、いきなりごめん」と、マフラーを取り外したバイクにまたがり走り去った。何週間か経つと、典久は何事もなかったようにまたふらりとうちに遊びに来た。僕も別になにも聞かなかった。

僕は東京に出てからは2、3年に一度しか実家に帰らなかったから、会う頻度もそれぐらいになった。僕が芸術だなんだだと親のすね齧りにうつつをぬかしていたころ、典久は福岡でしっかりと仕事をしていた。どんな仕事をしているかはよく知らなかったし、典久も詳しくは話さなかった。会うたびに乗っている車が違った。ある時ダッシュボードに分厚い茶封筒が置いてあったので、手に取ってみると中には1万円札がずっしり束になって入っていた。そんな20代前半から時は流れ、僕ら二人が暮らす環境や毎日の生活は小学生の頃と比べてかなり変わったし、それぞれいろんなことがあったけれどいやあったからこそなのか、会えば昔と同じいつも通り、いつだったかそんな関係を幼なじみと呼ぶんだとはたと気づいた。

僕はナーガ・ババの右側に、典久は左側に、たき火を挟んで向かい合うように座っていた。この裸のサドゥーは屈託のないお人柄で、終始上機嫌陽気に冗談を言っては笑っている。
「特別な技を見せよう」
ナーガ・ババがやおら立ち上がった。なにかを披露してくれるらしい。日本語で苦行者と訳されるサドゥーたちは、さまざまな修行を重ね神に近づこうとしている。片手を10年以上も上げたままのサドゥー、何年も立ったまま座らないサドゥー、絶対に声を出さず喋らないサドゥー。そして。

ナーガ・ババは木の棒を一本取り出した。その細い棒に、自分の性器の先の皮をまきつけぐるぐるぐるぐるまきつけ股を通して両尻でぐっと絞める。棒の両端はそれぞれ右手と左手で握っているからちょうど誰かをおんぶするようなポーズだ。そこに阿吽の呼吸でお付きの弟子が自転車の二人乗りみたいに軽快に飛び乗る。ナーガ・ババは、かけ声をあげ狭いテントの中を踊るように走り回った。

「見事なコンビネーションやね」
典久がつぶやく。
背負った弟子の重みを性器の皮を巻いた棒切れで支え、ナーガ・ババは悶絶するでもなく平然としている。彼は嵐のような必殺技を炸裂させ終わるとゴザに座り直し、無言でこちらを見て来た。何かを待っているどや顔だ。
「ドネーションが欲しいみたいやね」
僕は典久と顔を見合わせ、ポケットからサイフを取り出す。

ナーガ・ババは手のひらで大麻樹脂とタバコの葉を揉みあわせチュラムという素焼きのパイプに入れ、マッチ2本で火をつけ息継ぎのように深吸いするとドライアイス10個分ぐらいの白煙をブフォーと吐き出した。警察官が目の前にいようとお構いなしだ。
「お前たちは外国人だから、テントに泊める際は警察に伝えておかないといけないのだ」
全裸でどっしり構えそう言い放つ。あの横暴な感じのインドの警察官もなんだかぺこぺこしているから驚きだ。ナーガ・ババのテントは、木の棒を何本か立て、それに壁がわりと屋根がわりに何枚かずつオレンジ色の大きな布を張っただけのもので、半分野宿の吹きさらしと言ってもいいシンプルなものだった。ナーガ・ババは「ジャイプールに来たら私のアシュラム(道場)に泊まりなさい」と微笑み、寝るときは毛布まで用意してくれた。服は最後まで着なかった。

大きな丸い月が浮かんでいた。僕は頭上にたるんだ布の隙間からのぞく夜空をぼんやりと眺めていた。隣にいた典久が独り言みたいに言った。
「想像を超えとった」
僕は典久の横顔を見る。彼は続けた。
「超えとったねえ。想像をはるかに超えとった。こんなところがあるっちゃね」
そう言いながら典久はテントとその外に広がるマハ・クンブメーラーの町並みをはるばるとしみじみと見渡す。次の言葉が彼らしかった。
「子供たちに見せてやりたい。連れて来たいね」

かつて天竺と呼ばれた遠い国には、こちらの常識がシャッフルされそうな暮らしを営んでいる人たちがいた。そんな人間たちが、たとえ大多数とは一生会うことがないとしても、地球には何十億人もいる。なんてカラフルな世界なんだろう。


1 アラハバードという町で12年に1度開催されるマハ・クンブメーラーというお祭りを見る


今回のインド旅行の僕の1つ目の目的であり、6年前からの典久との約束はこれで達成だ。寝袋に潜り込み、眠るため朝を迎えるために目を閉じた。夜が明ければ僕は2つ目の目的を果たさなければならない。


2 もうつけることがない結婚指輪をガンジス川に投げ入れる


そんなことでなにかが吹っ切れるとかは考えていなかった。ただそうしたかっただけだ。僕はそのためにはるばるインドまで来たのだ。





2013/1/26-27
マハ・クンブメーラー インド 
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by matsumotoakatsuki | 2013-05-31 19:41 | インドに詩の朗読をしに行く