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松本 暁(まつもと あかつき)
詩人 utanoha代表

<ライブ情報>

・2014年4月13日(日)
■会場
東京倶楽部千駄ヶ谷店
■時間
open 13:30
1st stage 14:00
2nd stage 15:20
■料金
2100円(2ドリンク込み)
■出演
松本暁(詩の朗読)

・2014年4月20日(日)
■会場
中野aman
■時間
start 17:30
no charge
■出演
鈴木純、松本暁、長男ズ、廣瀬恭平、theharerock and more

・2014年5月11日(日)
デンデケプロダクション Vol.8
■会場
渋谷ラストワルツ
■出演
重力2、ランランズ、ヨソハヨソー、Swingy×松本暁、大谷彩子、grinramma




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中山聡 詩集「東京」
UTP-0002
¥500



zine "works"

これまでの活動が見れます。


興味をもってくれたかたは、
info@utanoha,jpまでメールください。


情報と想像力 ー山岡士郎の鼻腔から流れ出た血に寄せてー
情報の増加は、本質への理解を必ずしも助けるわけではない。最近よくそう思う。なぜなら情報には限りがないから。

美味しんぼの鼻血に関しては、結論が出ていると僕は感じる。福一爆発後、伊達市の保原小学校の保険だよりには、児童の鼻血が増加していると書かれていたそうだ。チェルノブイリ後の2万5000人へのアンケートでは、避難民の5人に1人が鼻血の症状を訴えたというレポートがある。それらの事実を紹介した専門家は、粉塵と放射性物質の結合物が付着することで鼻の粘膜から出血が起きたとしても不思議はないと断言している。(http://d.hatena.ne.jp/shuuei/touch/20140515/1400097365)

福島一部地域での鼻血の増加については、以前に国会審議でも取り上げられている。それを与党民主党の事故対応への追及材料に使ったのは、当時野党だった自民党の議員たちだ。ある議員は自分も鼻からの出血を経験したと発言している。(http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-1708.html)

双葉町は美味しんぼでの鼻血表現に関して、風評被害を助長すると小学館に抗議したけれど、当の双葉町が2012年に岡山大などの研究グループに町民の健康調査を依頼し、鼻血を含む健康被害が有意に増加しているという報告を受けていたという。(http://www.j-cast.com/s/2014/05/16204959.html)

これらを考え合わせると、福一爆発後に被曝による鼻からの出血を経験した人々が、多数あるいは相当数いたと結論付けるのが妥当だと思われる。

上記の事柄を信念を持って否定する人に対して、その信念を飜せとは言わない。信念は守るべきだ。けれど議論の余地は存在するだろう。議論はどちらか一方の優位性を確定させるためのものではなく、真実へのより真摯な理解を共に目指すためのものだからだ。

福島全県で同じ症状が発生したとは思わない。まわりの誰にもそんなことは起きなかったという人も沢山いるだろう。個人の経験は他人と共有できない絶対として人間の意識に君臨する。それはあまりにも当然のありふれたことがらだ。

情報の収集は個人の経験に属する。そこから導き出される結論もまた、個人の思考経験となる。恋人を理解しようとして、彼あるいは彼女という存在を素粒子レベルにまで掘り下げて分析したとして、そこから得られる理解はいったい相手の何を反映したものになるだろうか。情報分析には限りがない。

例えば太平洋戦争開戦におけるハルノートだ。これぞアメリカ合州国から大日本帝国への最後通牒であり、日本は戦争に不可避的に追い込まれたのだと主張する人がいる。けれどハルノートは、米国の公式提案ではなく、平和的交渉打ち切りを予告する記述もない。それどころか、最恵国待遇を基礎とする通商条約の再締結や、両国による相手国資産凍結の解除などが提案されている。そもそもハルノート冒頭部には極秘、暫定的で拘束力はないという注釈が付いている。最後通牒とは程遠いものだった。

翻って帝国軍はどう動いていたか。実は昭和16年11月27日にハルノートを受け取る前日、すでに海軍機動部隊を真珠湾に向けて出発させていた。中国仏印からの撤退を要求されたといっても、それを外交交渉としてアメリカが言及するのは当然であり、しかもハルノートには、交渉期限に関する記述がなかった。にも関わらず帝国政府は質問も交渉もなく開戦に踏み切る。彼らは11月5日の御前会議で、日本の要求が通らなければ対米英戦争を開始すると決定していたのだ。

太平洋戦争開戦の経緯に関して、僕は当時の資料、研究書籍の類いを読破したわけではない。実はこんなことがあった、その裏側はこうだった、誰がこんな発言をしていたと、恐らく情報の発掘は再現なく可能だろう。結局日米どちらがより戦争を望んだのか、結論することは難しい。けれど、戦争はこんな風に始まるということの一つの実例にはなる。

十年前ある無名詩人が書いた一節を引用する。

人はつながり過ぎたのかもしれないな
世界を一つにしすぎたのかもしれないぜ
システムではなく文化をこの手に
唯一信じるべき人の本能は想像力だ


漫画の登場人物が流した鼻血に話を戻す。僕は記事冒頭に書いたいくつかの証拠(になると思われるもの)について知る前から、鼻血を含む健康被害は起こった可能性がある、と考えていた。以前から被曝による鼻血については聞いたことがあったし、被曝による被害を時の政府が過小評価しようとするのは、チェルノブイリだろうと、ウインズケールだろうと、風下の人々だろうと、常に行われてきたからだ。日本政府が同じことをやらない保証はない。放射能について、人類はすべてを知っているわけではない。むしろ知らないことの方が多いし、僕らが誇る文明とやらには放射能を完全にコントロールする力はない。未知のことがらにおける未知の事態だ。問題提起を頭ごなしに否定することは驕りでしかない。人知を超えたものとつながるための力、それが想像力だと僕は思う。

鼻血問題を事実とする根拠として上にあげた情報は、どれもネットで発見したものだ。そのことを根拠不足として指摘してもらってもまったく構わない。それこそが伝聞の情報というものの本質を表しているからだ。

美味しんぼという作品について語るなら、シリーズにおける福島編には、いかに福島の自然と食文化が素晴らしいか、いかにそれらが原発事故によって破壊されたか、それでも人々はいかに希望を失わずに生き抜こうとしているか、その三つが主題として描かれている。全体の文脈を無視して一部の表現を取り出し歪曲するなというのは、政治家の失言を擁護する際の常套文句ではなかっただろうか。

誰もが納得し、誰の心にも波風を立てず、確かな検証証明が可能なことしか表現できないのならば、僕らが口に出せることは、人は生まれいつか必ず死ぬ、ということだけになる。いや、それさえも少なくない数の人々、例えば幼い子供を不安にさせ眠れない夜を過ごさせるかもしれない。そして沈黙だけが選択肢となる。本当にそれがファイナル•アンサーだろうか?

今の日本社会は集団ヒステリーに陥っている。何十年か経てば、みな冷静に振り返るようになるだろう。その時同時に浮かべる感情が、取り返しのつかない悔恨でなければよいと心から願う。
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by matsumotoakatsuki | 2014-05-17 21:20 | 日々のこと