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松本 暁(まつもと あかつき)
詩人 utanoha代表

<ライブ情報>

・2014年4月13日(日)
■会場
東京倶楽部千駄ヶ谷店
■時間
open 13:30
1st stage 14:00
2nd stage 15:20
■料金
2100円(2ドリンク込み)
■出演
松本暁(詩の朗読)

・2014年4月20日(日)
■会場
中野aman
■時間
start 17:30
no charge
■出演
鈴木純、松本暁、長男ズ、廣瀬恭平、theharerock and more

・2014年5月11日(日)
デンデケプロダクション Vol.8
■会場
渋谷ラストワルツ
■出演
重力2、ランランズ、ヨソハヨソー、Swingy×松本暁、大谷彩子、grinramma




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中山聡 詩集「東京」
UTP-0002
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zine "works"

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興味をもってくれたかたは、
info@utanoha,jpまでメールください。


カテゴリ:遍歴( 3 )
コーヒーの苦み
その町に着いたのは夜だった。列車を降りた理由はひとつだけ。聞いたこともない名前だったからだ。といっても、私はルーマニアの地名はブカレストぐらいしか知らなかったから、どの町へ行ったところで名前は知らなかった。私の荷物は、ノートと東ヨーロッパの大雑把な地図を入れたバックパック、ブルガリアで買った古びたギターと寝袋ですべてだった。金は片方のポケットに入るだけしかなかった。

駅員に繁華街へ行くバスをたずねると、乗り場まで連れて行ってくれて、同じバスを待っていた中年の女性に、降りる時教えてやってくれと声をかけてくれた。バスの窓から見える町並みは、隣に座る女性と同じようにそっけなかった。

バスを降りた後、私たちは反対方向に歩き始めた。小雨がぱらついていた。私は安宿を探して通りを歩いたが、そもそも宿自体がなかった。一軒だけあったホテルは私の所持金の全部よりも高かった。ストリップバーの客引きが私を見て笑った。最初の一時間の後、目的地は安宿から雨をしのげる軒先に変わっていた。さらに一時間歩いたあと、私は教会の軒下に一夜の宿りを得ることに決めた。

私は疲れきっていた。荷物を肩から下ろし、ずた袋のようなギターバッグをチェーンで柵につないだ。ノートとギターが私の荷物の中で最も大切なものだった。ノートには詩が書きためてあり、ギターは路上で演奏して金を稼ぐために必要だった。私はノートをギターバッグに突っ込んだ。バックパックのほうが盗まれる確立が高いと思ったのだ。寝袋のジッパーをおろしブランケットのように開いた。体ごとすっぽり入ってしまうと、何かあったとき身動きが取れず危険だから。雨足は強まりはしなかったが、止みもしなかった。道の方に体を向け眠った。夢は見なかった。

空が明るみ始めた頃私は目を覚ました。荷物はなにもなくなっていなかった。町を北に抜け、国道へと出てからヒッチハイクを始めることにした。途中でコーヒースタンドがあったので、温かいものを飲もうと立ち寄った。コーヒーが出るのを待つ間、冷えて堅くなったパンをかじった。他の客は私を不審そうににらんだ。若い店員が、どこから来たんだ?とたずねた。日本からだと答えた。私はコーヒーをすすった。曇り空の下、灰色の湯気が視界に一瞬もやをかけ、消えた。


May.2007
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by matsumotoakatsuki | 2010-02-10 21:12 | 遍歴
ガンジーのひ孫弟子
ビハール、ビハール→→

仏陀も2000年前に同じ眺めを見たんじゃないかと思えるような、ビハール州の典型的農村地帯。
草原を通り抜け舗装された道路へ入ると、直進せよの矢印が目に飛び込んでくる。
荷台から振り返ると、来た道は一筋に遠ざかり、視線を移せば、行く道は果てしなくひたすら伸びていくように見えた。
ブッダガヤーまでは国道を走れば2時間ほどの距離でしかないのに。

ブッダガヤーに着き、アシュラムにドゥワルコ・ジィをたずねる。
農村でお世話になった学校は彼のアシュラムの系列だったからだ。
テラスのテーブルに向かい合って座ると、ドゥワルコ・ジィはおだやかにほほえみながら開口一番こう言った。

「君の生きる目的はなんだね?」

彼と会うのは今回が2回目だ。といっても前回は農村に向かう前、ほんの5分ほど話しただけだった。
そんな相手にこんな質問をされて僕は驚くよりも笑顔が先に立った。
それから言葉を選びながら返事をした。

「生きる意味というのはもしかしたらないのかもしれません。けれど、すべての生き物はこの世の生命の輪から力をもらわずには生きていけません。それなのに、生命の輪から生きる力をもらうばかりで返すことをしないのなら、僕は泥棒になってしまいます。だから僕がやらないといけないことは、その生命の輪に生きる力を送り返すことだと思います。僕は詩を書くので、詩を通じてそれができたらそれ以上うれしいことはないです。」

ドゥワルコ・ジィはほほえんだままだった。やがて右手の人差し指を立て、
「ひとつだけ、私につけくわえさせてもらえるかな。」と言った。

「人は自分の魂の輝きを高めるために生きるんだよ。」

彼は「君が詩を書くのなら、いい本がある」と立ち上がり、部屋に入っていった。戻ってくると手に1冊の本を持っていた。
「ガンジーは『道に迷った時、必ず私はギータを読み直した』と言っていたんだ。」
次の日にはパトナーに出発しようと思っていた僕は、予定を変更し、インド最古の叙事詩バガワッド・ギータをドゥワルコ・ジィのもとで学ぶことにした。
学んだと言っても、毎日8時間近く本に向かい、一通り読み終わった所でジィの話を聞いたという程度だけれど。

ギータに書かれていたのは献身ということ。
それから、ひとは誰もが自分のやらなければならないことをやらなければならないということ。

ドゥワルコ・ジィは、ガンジーの弟子のひとりのヴィノバ・バーベの弟子だったから、僕はガンジーの自称孫弟子だ。いや、スレッシュ・ジィはドゥワルコの生徒だから、僕はガンジーのひ孫弟子かな。

先日、映画「ガンジー」を見てそんなことがあったなと思い出したのでした。



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※「ジィ」はインドで目上のひとを呼ぶ際につける尊称です。日本語の「さん」よりも尊敬の度合いは強いです。
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by matsumotoakatsuki | 2009-12-04 21:59 | 遍歴
ビハール、ビハール
4時半に起き、朝のお祈りに参加、木立の向こうからのぼる朝日を見る。朝食はコップ一杯の豆、昼過ぎにブッダガヤーからジープが来たので、バックパックをかつぎ帽子をかぶって乗り込んだ。

ゴータマたちがやって来てニヤニヤ笑いながら水鉄砲を取り出し、荷台の僕に水を浴びせて逃げていく。数日前にホーリーのお祝いで散々かけあった色水の残りだ。(お祭りでは、水からはじまり、牛ふんのかけあいにまでヒートアップしたっけ)
スレッシュ・ジィが「子供たちは色をぶつけてお別れをしてるんだよ」と笑う。

ジープがエンジンをかける。ジィが僕の目を見て言う。
「暁、約束しなさい。偉大な詩人になると。」
僕は答えた。
「はい、約束します。」

ジィが右手を胸にあてて首をかたむける。ジープが走り出す。
子供たちが走ってきて、色水の最後の残りを僕にかける。
僕は手を合わせてみなに別れを告げる。

春の訪れを祝うホーリーの次の朝、その年最初の蝶が飛んでいるのを見た。
木もれ日のかけらが羽ばたいたような。
その日僕を見送ってくれたのはそんな笑顔だ。
僕はジープに揺られてブッダガヤーのサマンバヤアシュラムへ向かった。

→→ガンジーのひ孫弟子
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by matsumotoakatsuki | 2009-12-03 22:00 | 遍歴

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