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松本 暁(まつもと あかつき)
詩人 utanoha代表

<ライブ情報>

・2014年4月13日(日)
■会場
東京倶楽部千駄ヶ谷店
■時間
open 13:30
1st stage 14:00
2nd stage 15:20
■料金
2100円(2ドリンク込み)
■出演
松本暁(詩の朗読)

・2014年4月20日(日)
■会場
中野aman
■時間
start 17:30
no charge
■出演
鈴木純、松本暁、長男ズ、廣瀬恭平、theharerock and more

・2014年5月11日(日)
デンデケプロダクション Vol.8
■会場
渋谷ラストワルツ
■出演
重力2、ランランズ、ヨソハヨソー、Swingy×松本暁、大谷彩子、grinramma




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sold out
デジタル版で読むことができます。 →コチラ




中山聡 詩集「東京」
UTP-0002
¥500



zine "works"

これまでの活動が見れます。


興味をもってくれたかたは、
info@utanoha,jpまでメールください。


<   2013年 02月 ( 11 )   > この月の画像一覧
他人の瞳に写った自分は他人の世界観の中にいる
このあいだ小学5年生が
電車に飛び込んだ。

僕の一つの小さな命とひきかえに
僕らの小学校の統廃合を中止してください

遺書にはそういう意味のことが書いてあったらしい。
死の3分前に彼は家族にメールを送った。

「 家族み→んな大・大・だあい好き 」

少年の両親とおばあちゃんは、
死によって統廃合の決定が変更されるようなことは
あってはならない、
そう発言したそうだ。

本当にその通りというのは理解出来るし、
きっと苦渋の末の言葉だろう。
自殺が続く可能性もある。
でもその言葉に見事とうなづくのはそれは 大人の世界観
僕は同じ場所にある別の世界観が気になる。

自殺した少年のクラスメイトたちの世界観
小学生のときの僕なら、
○○が死んだのに大人はなにも変わらないのかよ!
と間違いなく思っていた。

世界観に呪いが入り込めば、
それは抜きがたく底に溜まる。
呪いのせいで傷が治りにくくなってるから、
痛むところが膿んでゆく。

僕が子供たちに何か出来るわけもない。
きっと彼らは今までよりたくさん、
抱きしめられたりなでられたりされているはずだ。

けれど裂けた子供たちの世界観から流れる血は、
大人の世界観の正論ではぬぐえないから、
むき出しの傷口に固まった血をこびりつかせたまま
子供たちの世界観が温度を失ってしまうとしたら
それはとても悲しいこと


そんな気持ちになりました。

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by matsumotoakatsuki | 2013-02-25 20:21 | 日々のこと
Poemusica楽しかった〜

いやー、
タイトルの通りです。

自分は面白かったけど、
お客さんはどうだったんでしょうか。
来てくださったみなさんも楽しんでくれていたのなら
うれしいです。

今回の出演依頼が来た時に、
「わーい、トリだー」と思っていた自分が、
無邪気過ぎて痛い…。

出演者のみなさん全員が、
芸達者で力を持った表現をされる方たちで、
その最後を努めるって、、、
けっこうな責任が必要になる流れでした。

でも楽しんでやれたのでよかったです。
また次回もよろしくお願いします:)
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by matsumotoakatsuki | 2013-02-22 02:01 | ライブ情報
【緊急】明日は下北沢で詩の朗読のライブです!

明日はPoemusica Vol.14です!
僕は前半とトリの2回、出番があります。

詠む詩はどれもわりと最近書いたやつですが、
その中に1編だけインドから帰国した後に書いたやつが混じってます。
さてそれはどの詩でしょう。

分かった方はライブ後の、
お店が心地よいざわつきに包まれているあの時間、
僕にそっと耳打ちしてください。

正解された方にはお酒を一杯おごります。
飲みながら分かった理由を聞かせてくださいな。

では明日!
下北沢でお待ちしてます!!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Poemusica Vol.14
ポエムジカΦ詩と映像と音楽の夜

■日時
2013年2月21日(木)
Open 19:00
Start 19:30

■料金
予約2,000円 当日2,500円(ドリンク代別)

■出演
エミ・エレオノーラ *音楽
鈴木亜紀 *音楽 
松本暁 *詩の朗読 
カワグチタケシ *ポエトリー

■会場
Workshop Lounge SEED SHIP
世田谷区代沢5-32-13 露崎商店ビル3F
03-6805-2805 

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by matsumotoakatsuki | 2013-02-20 20:25 | ライブ情報
隕石メテオライト
大地震が起き、大津波が発生し、
火山が噴火し、竜巻が吹き上がる。

そのうえ、隕石まで大気圏外から飛んで来る。

まるで子供の頃NHKのドキュメンタリーで見た、
生まれて間もない原初の地球みたいだ。

というよりはずっとこうなんだろう。
宇宙に浮かんでいる星、特に地球みたいな星に限っては、
これが普通のありかたなんだろう。

それにしても思ったのは、
誰もが本当に普通の生活をしている瞬間に、
爆発が起きたんだなってこと。



*下の動画は、
物事の重大さに合わせた節度といやおうなく高まる好奇心のあいだで、
葛藤に引き裂かれる見たがり知りたがりの兄弟達と、
歴史に残る天体現象を共有するためのものです。




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by matsumotoakatsuki | 2013-02-16 21:02 | 日々のこと
そして世界は美しいね
   



iPhoneの目覚ましが鳴った。


6時半か。

まだあとちょっと寝れる。
僕は毛布を引っ張り上げ、再び布団にもぐり込んだ。


リリリン
今度は電話の呼び出し音が鳴り出す。
枕の隣で朝から忙しく働くiPhoneをつかみ、一呼吸置いて通話に出た。

「もしもし」
「あ、暁。寝とったと?昨日は遅かったやろ。今日は仕事ね。」
父からだった。なにげなく画面を見ると時間はすでに8時41分。
「あー!こんな時間だ!」
やばい、寝過ごした。今日からまた仕事だったのに!
集合時間の7時半をすでに1時間以上過ぎてる。
「ああ、これから準備ね。じゃあまた夜かけるね。」
ごめんまた夜にと早口で父に謝り電話を切り、
すぐに発信履歴から親方に電話をかける。
親方は出ない。
しばらく後に親方からメールが入った。

件名 ナマステ!
お疲れさまです!

ちょっとバタバタしてるので
夕方また連絡ください!

すいませんんんと頭を下げる。
親方は察してくれていたのだろう。
2週間のインド旅行から昨日の深夜帰って来た僕が、
今朝からすぐに植木屋の仕事に復帰出来るはずないと。
だから遅刻している僕に夕方またということにして、
今日は休ませてくれたのだ。

申し訳ない。でも、
1日ゆっくり寝れるのはうれしい。
僕は布団に顔から沈み込んだ。

荷物の片付けがある、
洗濯物が溜まっている、でも今はもう少し寝ていよう。


2013年3月3日、僕が乗った中国東方航空MU271便は、
搭乗ゲートをあちらこちらへと変更したあげく、
17時の出発時刻を1時間以上も遅れて上海浦東国際空港を離陸し、
深夜12時ごろ成田国際空港に着陸した。
日暮里スカイライナーとやらはとっくに運行が終わっている時間で、
普通のJR線も上野方面はこれが最終ですとアナウンスが聞こえ、
ホームへ小走りしドアの前で速度を緩め、という感じでどたばたと日本に帰って来た。

それにしても日本の空港の最後の荷物検査の時の係官の、
心理戦を仕掛けてくるようなあの話し方とか目つきは好きになれない。
特に身体検査への持って行き方とか。
何の所持を疑っているんだと聞きたくなる、というのは余談で。

MacBook Proの前に座りブログを更新していると、
帰って来たんだなあと実感するけれど、実際はまだ半分夢心地だ。

色々あったけど3つの目的は一応全部達成した。
マハ・クンブメーラーには行ったし、指輪はガンジスに投げ入れた。
しかも朝日のサンガムに投げ入れてやった。
ライブもやった。お客さんは満員と言っていいほど来てくれた。
目的は全部やり遂げた、と言える。

旅行中ずっと、
なんかインドにいるのに日本と同じようなことやってるなあ、
という気持ちだった。

詩の朗読をするためにあくせくと動き回って、
折に触れてはノートを開き詩の訪れに耳を澄まし。

知らない人と出会い、友達になり、
お別れをする。

同じだなあ、と思う。
人はどこでも懸命に生きていて、
日常にちょっぴり退屈している。


生きるっていつでもどこだって大変で
それでも人は生きてるね
そして世界は美しいね


6年前にそんな詩を書いたけれど、
その気持ちは今でも変わらない。
そのことを確認したくもあったのだろう。

旅行中は毎日が誕生日ぐらい楽しくて幸せだ。
そんな生活をしていれば世界を愛さないはずがない。

さて、僕は今回の旅の本当の終点、
日本の東京江古田についにたどり着いた。
そこにも世界が視界の360度ぐるっと存在している。

特別な思い出が増えれば増えるほど、
日常はより愛おしくなる。
毎日の無駄遣いをなるべく減らそうと意気込む。

帰って来たときはそう思っていたけど、
しばらくたてばすぐに以前と同じに戻る、っていうんじゃ、
今までと同じだ。

だから大事なのはこれから。




さて今日はなにをして過ごそうかな。



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2013/02/03-04
東京 日本
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by matsumotoakatsuki | 2013-02-15 22:51 | インドに詩の朗読をしに行く
僕ら3人はコルカタから夜行列車でバラナシへと向かった。

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2013/01/22-23
コルカタ − バラナシ インド
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by matsumotoakatsuki | 2013-02-13 01:15 | インドに詩の朗読をしに行く
関西弁風の中国語を喋るタクシーの運ちゃんとリチャード・ン氏と小柄なおじさん
     




んん
ああ、まだ5時半か。

まだぜんぜん暗い。

江古田の古着屋で1900円で買ったコールマンのショルダーバッグのポケットのチャックを開き、すきまに腕時計を押し込む。まだ寝ていてもいい時間だ。ジッパーを開き毛布みたいに広げた寝袋を頭からかぶり、枕代わりにはショルダーバッグ。腰をねじって足を伸ばし、くるまっているショールの位置を修正する。うん、寒くないし、体勢も楽。ソファーの上だから布団みたいにはやわらかくないけど、快適な部類の寝心地と言える。半野宿にしては上出来だ。

ハンプ・ホステルのテラスレストランのガラスの入っていない開放的な窓、というか壁は腰ぐらいまでしかなくて後は角の柱と屋根がある程度の、普段ならゆったりしたくつろぎスペース夜は半分屋外という場所の、ソファーセットが2列にならんだうち壁側の列の真ん中のソファーの肘掛けと肘掛けのあいだに、僕は若干身を縮め気味で横になっている。

インドコルカタ行きで買った航空券は中国東方航空46,165円の格安チケットで、僕は2013年の1月18日14時30分に羽田空港を発ち同じく2013年の1月18日予定では中国時間16時30分、実際には30分遅れた17時過ぎに上海虹橋空港に着いた。それから、往路2回目のフライトMU581便が2時間後の19時05分これはチケットに書いてある当初の時刻で、実際はさらに2時間以上遅れた21時30分に同じく上海虹橋空港を出発した。それで1月18日夜12時過ぎ、言い換えれば1月19日未明今からだいたい5時間前にMU581便が着陸したのが、西はチベットへ手をのばし南にラオスと国境を接する中華人民共和国雲南省の省都、年間を通じて温暖な気候から「花都」とも呼ばれる中国南部の大都市、ここ昆明だ。

あれ、僕が買ったチケットはインド行きだったんじゃなかったっけと不安になってしまうほどの乗り換えの悪さで、僕はコルカタに向かっていて、往路3回目のフライト、インドコルカタ行きの飛行機は2013年1月19日23時55分に昆明長水空港国際線をやっと離陸することになっている。今が1月19日の朝の5時半だから、だいたいあと14時間後だ。取りあえずまだ眠っていられる。フロントが起きて普通にホステルが機能し始めたら僕も起きればいい。朝になったら空いたベッドはないかフロントに確かめよう。僕は体を縮こまらせて、寝袋とショールがじんわり保ってくれる温度をぎゅっと胸に集める。

客室のベッドではなく半屋外のテラスのこのソファは、真夜中にタクシーの運転手さんをあっちじゃないこっちじゃないとひっぱり回し、喧嘩のようなやりとりを散々かわした末にやっと見つけた寝床で。

ガイドブックのたぐいを特に見もせず、ろくにネットで調べもせずに昆明は比較的安全な街だから大丈夫だろうと高をくくって、紙に2、3メモして持って来たぐらいの情報的に僕はかなりの軽装でやって来たものだから、深夜1時ごろ街外れで空港と市街地を結ぶシャトルバスから降りて、バス停に客待ちしているタクシーに乗るというような緊張感でぐっと体に力を入れざるを得ない状況になってしまった。


自分が昆明のどの辺りにいるのか分からないままバスのステップを降り脇に顔を向けると、街灯に浮かび上がる2台のタクシーの無言の影。タクシーと言ってもちょっと古めの自家用車にタクシー会社の表示灯をくっつけましたというだけのしろもの。もしこれが悪徳タクシーだったらどこに連れて行かれるか分からない。最悪犯罪に巻き込まれることもあるだろう。外国にはそんな話は実際いくつもある。とは言え中心部までどれぐらい離れているかも分からないのだし、仮に歩いて市街地にたどり着けたとしても地図もないからそこがどこだかが分からない。もちろん宿の予約なんかしていない。しかも時刻は真夜中もいいとこだ。


1 関西弁風の中国語を喋るタクシーの運ちゃん
白と水色のタクシーの運転席の窓に、住所をメモした紙を見せながら声をかける。
「ウォー・シャン・チュイ・カメリアホテル。ドーシャオ・チェン?(カメリアホテルに行きたいのだけどいくら?)」
顔を出したのは、白髪まじりの短髪、目力ちょっと前のめり気味の、なんか大阪の岸和田あたりにいそうな人相風体の運転手さん。運ちゃんが一瞬間を置いて、斜め下につばを吐くように答えた。
「ウーシュー・クワイ(20元)」
タクシーの相場を知らないから自分がぼられているかどうかが分からない。まあ高くはない金額だと思い、助手席に乗り込む。僕はメモの住所を見せながら「ウーシュー・クワイ(20元ね)」と改めて確認する。間髪入れず運転手さんは、
「俺は嘘はつけへんがな。メーターもここにあるがな」
という意味合いだと思われることをでかい声で言った。運ちゃんはリアクションが早い。そして大きい。そんなところがなんか関西ぽい。イメージだけど。

最初に行ってもらったカメリア・ホテルが、つぶれたのか改築中かなにかで取り壊されていたのは、運が悪かった。そこに立てられていた大きな看板を指差して運ちゃんがなんか地団駄を踏むような感じで僕にツッコんで来た。
「なんでちゃんと調べておかへんのや、前もって!」(推定)

深夜の移動、なおかつ国境越えは旅行者としての最重要注意ポイントの一つなわけで、しかも今夜は16泊17日の今回のインド旅行の大事な第一泊目なのだから、ちょっと割高でも空港まで迎えに来てくれるホテルを予約しておくぐらいのことは、当然やってもよかったはずだった。面倒くさがらずに。まあどうにかなるでしょと開き直っていた末のこの結果は正しかったのか、間違っていたのか。

看板の周辺地図の左下にあるEast Young Hotelとかなんとか書いている黒丸を指差して、代わりにここに行けって書いてあるけど、それでええんか?というようなことを運ちゃんは言った。East Young Hotelとかがどんなところかは分からないが、一番近くだし、もう一つの黒丸は名前からして高級そうだから遠慮したい。安く泊まれるなら別にどこでもいい。僕と運ちゃんはタクシーに乗り込んで次の目的地へ出発した。

隣の運ちゃんが指を三本立ててこっちに突き出す。「最初は20元ゆうたけども、目的地が変わったからこれで30元やで、にーちゃん」ということを言っているんだろう。
「分かってる、分かってる、もちろんそれでいいよ」
と僕は日本語で返事をした。中国語で会話ができるはずもない。運ちゃんは英語も一切通じないから僕はもう同じだと思い日本語で喋っていた。


2 リチャード・ン氏
タクシーは街灯もまばらな道を2、3回ぐらい曲がってから意外とすぐに停まった。僕はタクシーを降りて、路地裏のビルの一回に張られtraveler's homeと書かれている看板の下にあるすでに閉じられた扉をノックした。呼び鈴が扉の右上にあったので押してみたけど中からはしばらくなんの返事なく、扉も開かない。ほかの入り口はないかビルの周囲を探してみようと歩き出した時、運ちゃんが「おい、こっちこっち」と僕を呼び戻す。扉が開いた。その中からガウン姿で出て来たのは、1983年公開の香港映画「五福星」のチンケ役の個性派俳優(自分を透明人間だと思い込む場面を全裸で演じたあのちょびひげの)リチャード・ンをこわもてにした感じのおじさん。なんか機嫌が悪そうだ。夜中に眠ってるところを起こされたから?

僕 「イーガレン、ファン、ドーシャオ?(一人一部屋いくら?)」
宿のおじさん(以下リチャード・ン氏) 「イーパイ・ウーシュー(150元だよ)」
僕 「イーパイ・ウーシュー!?」
ちょっと高い。チェックアウトは朝10時とか11時だろうから午前中だけのわずか数時間の滞在になるかもしれないこの宿にそんなお金はかけたくない。日本円にして3000円弱ではあるけど、宿の外見からも妥当な金額に思えず、低空飛行で乗り切る分しか持ち合わせがない自分の低予算外であり、でもそれらもろもろを中国語で何て言うかは分からない。とりあえず、首を振って話を続ける。
僕 「高い、高いよ、イーパイ・クワイ・チェン(100元にしてよ)」
リチャード・ン氏 「イーパイ?ハッ、イーパイウーシュー(100元?はっ、150元だよ)」
僕 「うーん、イーパー・ウーシューかあ。Do you have a dormitory here?If you have,it will be cheaper,yes?I prefer that.(ドミトリーはないの?もしあるなら、もっと安いだろうしそっちがいいのだけど)」
英語で喋りはじめた僕にうるさそうに手を振りながらリチャード・ン氏はなにかを中国語で言い返して来る。その間ニコリともしない。薄暗い廊下の奥から別の中国人が顔を出す。

「なあ、部屋はないねんか?」
いつのまにか隣にいた運ちゃんが助け舟を出してくれた。以下はわずかに聞き取れた単語から推定の日本語訳。
 
リチャード・ン氏 「あるよ、150元だって言ったら高いとかいってるんだよ、こいつが。それでなんかベラベラ言って来るんだ」
タクシーの運ちゃん 「こいつは旅行者で日本から来て着いたばっかりやねん。金も大して持ってなさそうやし、まけられへんの?」
日本人を意味する「ジューベン」という単語を耳にしたリチャード・ン氏の表情がより険しくなる
リチャード・ン氏 「なに、こいつ日本人か?じゃあ泊める気はない。部屋はないよ(ファン・メイヨウ)」
聞きつけて僕が食い下がる。
僕 「ファン・メイヨウ?あるって言ったじゃん!You said you have it!」
もう中国語も英語も日本語もめちゃくちゃだ。

「メイヨウ、メイヨウ(ないったら、ないよ)」
リチャード・ン氏は背を向けすたすた奥に歩き出した。寝室の自分のベッドまで一直線で向かう勢いの足取りで。こうなったらもう無理だろう。タクシーに戻る。運ちゃんも乗り込む。運ちゃんが「これからどこに行くねん?」とフロントガラスを見ながらたずねて来る。

The Hump Hostel
西山区书林街63号

僕はメモををポケットから取り出し、運ちゃんに見せた。
カメリア・ホテルとハンプホ・ステルという2つの宿の名前と住所、それが僕が調べて来た情報のすべてだった。カメリア・ホテルははすでに取り壊されていて、残る候補は1つ。中国では外国人は外国人向けの宿泊施設にしか泊まれない決まりになっているから、その辺の普通の宿に行ってもフロントで断られる。だから運ちゃんにどこでもいいから近くのホテルにつれって行ってとお願いするわけにはいかないし、運ちゃんは外国人向けの宿いわゆる渉外飯店を知っていそうにない。ここがだめなら野宿になる可能性もある。
「ハンプ・ホステル、ここ、ここに行って下さい」
運ちゃんは僕の手からメモをとり眺めた。
「こっちとは全然逆のほうやないか!」
「ここに行きたい!」
「今度は戻るんかい?」
「ハンプ・ホステル」
「まいるでこりゃ。元来たほうに戻るんやから。ここからちょっとあるで、30元じゃ行けへんからな。50元やからな」
運ちゃんはタクシーのエンジンをかけた。大通りを進んだり、空き地みたいなところ横切ったり、しばらくしてから広場のような場所でタクシーは停まった。周囲には営業中の店や屋台が並び、広場を明るく照らし出している。運ちゃんは建物の切れ間を指差して「あそこや」と言った。「このメモの住所はここやで」


3 小柄なおじさん
運ちゃんはいろいろあったが特に法外な料金を要求してくる訳でもなく客が望んだ場所に客を送り届けるというプロの仕事をしっかりと果たしてくれた(僕のバジェットが小さいのは彼の責任ではない)。
「謝々(シエシエ)」
僕はタクシーを降りて運ちゃん側にまわり込み、窓から手を入れてお金を支払った。運ちゃんは無言でなにかの身振りをした。

タクシーに背を向け広場を小走りで横切る。肩にかけたショルダーバッグは小さめのもので、空港から一度も下ろしていなかった。ぶら下げた寝袋が太ももではずむ。「The Hump Hostel 10メートル先を曲がる」という看板が見えた。オレンジ色の灯りで照らされた半開きの扉から中に入り、階段を3階に上がる。着いた。ハンプ・ホステル。

階段を上りきるとすぐに、左手には広いルーフトップ、開放的なテラス、右手にあるドアから入れば木目を生かしたちょっとアーリーアメリカンなラウンジに中央にはビリヤード台、その向こうがバーカウンター。フロントは左手の一番奥。ただ時間が時間だけに灯りはフロントのライトが一つあるきりで真っ暗。しかもそこには誰もいない。「ニーハオ、ハロー」とか声をかけてみるけど、時計を見たら2時半こんな時間に大声を出すわけにもいかない。無人のフロントの前でもじもじしていたら、向かいの壁にあるドアが開き、中から野球帽をかぶってよれよれのシャツを着た小柄なおじさんが出て来た。

「ニーハオ。 Would you have a vacant bed? in your dormitory(ドミトリーにベッドの空きはありますか?)」
僕は小柄なおじさんに話しかけた。小柄なおじさんは自信なさそうに気まずげに笑っている。僕はもう一度たずねる。
「I 'd liked to stay here.so would you have any vacant bed or room for me?(ここに泊まりたいんですけど空いている部屋かベッドはありますか?)」
小柄で野球帽をかぶったちょっと浅黒いおじさんは、泣き出すように笑い、首を振った。通じてないようだ。おじさんの右手がカウンターの上に開かれたノートを指差している。

そこには

1)あなたは部屋を探しているのですか

と英語と中国語で書いてあった。
そうです、探しています。「イエス」僕が返事をすると、小柄なおじさんが次の質問を指差した。

2)あなたは予約をしていますか

していません。予約はしていない。「ノー」
小柄なおじさんは問い2への僕の答えを聞くと、申し訳なさそうな顔で言った。
「メイヨウ (ありません)」

「えー、メイヨウ?」
「メイヨウ (ないんです)」
小柄なおじさんは繰り返し、手元の紙を指差す。そこには日付と旅行者らしき名前がずらりと並んでいる。予約者のリストなのだろう。小柄なおじさんはもう一度ノートの問い2を指差す。

2)あなたは予約をしていますか

僕は答える。「ノー」
小柄なおじさんは気まずそうに伏し目がちでほほえむ。
「メイヨウ (空きはありません)」

ベッドはたくさんあるはずなのに本当に空いてないのかとか、いろいろと質問をして糸口を探ってみたけど、英語なのでどうしても小柄なおじさんには通じない。なんか外国人が焦った顔でつめよってくる、という印象を与えただけだったに違いない。「なんであんたこんな夜中に予約もしないでやって来るの?」と言いたかったことだろう。ベッドの1つぐらい空いていると思っていたんだもの。

OK、謝々。と軽く頭を下げて、僕はドアからラウンジの外へ出た。空いてないものは仕方がない。テラスのフロアーに並んでいるソファーの一つに腰を下ろす。ここなら外みたいなもんだし小柄なおじさんの仕事の邪魔にもならないだろう。荷物の整理でもやってる振りをして出来るだけここに座っていよう。何か言われたら出ればいい。バッグの留め具を外し、荷物を体から下ろす。壁に寄りかかって一息つく。もしここが無理だったら、夜明けまで広場に座っていてもいい。なんならどこにも泊まらなくてもいい。最悪飛行機にさえ乗れれば。

ガチャンという音で顔を上げた。フロントから出て来た小柄なおじさんが、階段の前のドアを閉めた音だった。小柄なおじさんはドアに内側から鍵をかけ、通路を横切りフロントに戻った。僕が中のテラスにいる状態で玄関を閉めたということだから、いてもいいよということなのか。僕は小柄なおじさんの粋なはからいのおかげでこのソファーを寝床にすることが出来るようになった。という訳で。


横になったまま体をよじって手を伸ばし、
枕代わりのショルダーバッグから腕時計を取り出して時間を見る。
6時22分。

まだ空は真っ暗だ。1泊目は半野宿か。
なにをやっているんだろうなあ自分は、と思う。
Mなのか能天気なのか、いい加減なだけなのか、
自業自得ではあるのだけど、でもこの感じがたまらなく楽しい。

雨風の心配がなくてさらにあたたかい寝床があればラッキーだ。
ここなら安心して朝を待てる。

明日は何をして過ごそう。部屋代は2日分払っても100元以下だろうからドミのベッドに空きが出たら夜までここにチェックインしよう。そうすれば荷物も置いておけるしいつでも休憩が取れるから、時間をつぶして街をウロウロしなくてすむ。昼寝もちょっとしたい。あとは街を歩いてどこかでなにか麺系の中華を食べたいな。もちろん中国のビールも飲む。長い長い歴史を持つ広い広いこの国に今自分がいるのかと思うとそれだけでうれしくなって来る。短い滞在を楽しむためには移動の疲れはやわらげておくほうがいい。僕は目を閉じて、体を緩めた。



2013/01/18-19
昆明 中国
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by matsumotoakatsuki | 2013-02-11 23:08 | インドに詩の朗読をしに行く
帰国後一発目のライブが決まりました!
去年の11月に出演した、下北沢のSEED SHIPのレギュラーイベント、
Poemusicaに出ます!

毎回個性的なミュージシャンが出演しているPoemusicaですが、
今回もまたユニークなかたが出るみたいです。

ポエトリーリーディングでの出演は、カワグチタケシさんと僕の二人です。
カワグチさんは穏やかで丁寧な朗読が素敵。
さて松本はどういう感じで行きますか。

前回は新しい詩ばっかりでやりましたが、
今回もライブ初披露の詩を中心に朗読しようと思ってます。

僕の出番は20:25からと、とりの21:30の2回。
とはいえ1回ずつが10分ぐらいなので、
あんまりゆっくり来ると見逃す可能性がありますよ!

よし、楽しんでやるぞ!
ぜひお時間ある方はお誘い合わせで来てください!


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Poemusica Vol.14

■日時
2013年2月21日(木)
Open 19:00
Start 19:30

■料金
予約2,000円 当日2,500円(ドリンク代別)

■出演
エミ・エレオノーラ *音楽
鈴木亜紀 *音楽 
松本暁 *詩の朗読 
カワグチタケシ *ポエトリー

■会場
Workshop Lounge SEED SHIP
世田谷区代沢5-32-13 露崎商店ビル3F
03-6805-2805 

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写真はインドバラナシ、レストランでの昼ごはん中、
窓から見えた眺めです。
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by matsumotoakatsuki | 2013-02-09 20:20 | ライブ情報
私たちはあと二日後にこの町を出る
私たちはあと二日後にこの町を出る




みんなでたき火を囲んでいるようだった。大平原にあぐらをかいて座り、持ち寄った異国の酒を飲みかわしては、互いのふるさとの話を肴に笑い合う。2013年1月28日の夜、インドはバラナシ、ガンジス川のほとりに建つ、かの有名な日本人宿クミコハウス旧館の屋上はそんな感じだった。

たくさん韓国人台湾人二人中国人の女子大生二人日本人僕含めて三人ドイツ人一人(そいつの名はルーカス・カルテンバッハ)。5つの国から来た旅行者が輪になって座っていた。ろうそくを並べた真ん中にはインドのウイスキーやバランタイン・ファイネスト、コーラ、スプライト、ミネラルウォーター。インドのウイスキーは韓国人のジュオンたちが買って来たもので、この人数で割りながら飲んでも余りそうなほど本数があった。インドのクッキーが3人に一袋ぐらいの間隔で置いてある。クッキーは何種類も用意されていて、味はどれも結構あなどれない。でも甘いものだけかあと思い僕はインドのポテトチップス、レイズの塩味が恋しくなっていた。僕の両側にはしょう君とケイタ君。バランタインはその日の午後に町を出た幼なじみの典久とその後輩かっちゃんの二人が置いていったやつだ。

この日の屋上パーティーはジュオンが言い出したもので、彼や彼の友人の韓国人の子たちが同じ安宿に数日袖触れ合った思い出にと、他の宿泊客に声をかけ、日本組は韓国語がちょっと話せるケイタ君を通じて誘われた。ケイタ君と仲良しのジュオンは日本語がちょっと喋れて、最初に会った時「ジュオン、ジュオンね、ホラー映画」と自己紹介してくるような気のいいやつで。ケイタ君は、すでに3週間ぐらいバラナシにというかクミコハウスのドミトリーにいて、ゆるく旅行を楽しんでいる20歳ぐらいの日本人の男の子。僕の左側に座っているしょう君は3ヶ月バラナシで過ごしそれからリシュケシュにマッサージの資格を取るために行くという予定で、リシュケシュにはやっぱり3ヶ月いるという、長いがメリハリを利かせた旅程を組んでいた。二人の力を抜いてまっすぐに沈没しているたたずまいが僕はとても好きだった。

中国の女子大生は1人が上海から来たシンシア。彼女は上海がもつ上品さそのままの流暢な英語を話した。もう一人がちょっとヒッピーじゃないけどボヘミアンを感じさせるエキゾチックなファッションとエキゾチックな顔立ちのダーヘイ。湖南省出身。

パーティーの公用語はもちろん英語だ。韓国人の子らはほとんど大学生で、まだ高校生で帰ってから卒業するなんて子もいた。小太りで黒縁眼鏡の韓国人の男の子が、自分の名前を漢字でかくと中国語でどんな発音になるか知ってるよと、中国人の二人に話しかける。
「僕の名前は中国風に発音するとこうなるんだよ。シン・ジタイ」
「シン・ジタイ?」
「そう!シン・ジタイ!でしょ?だって漢字で書くとこう書いて…」
と空中に指で漢字を書いてみせる。
ダーヘイがなんだかニヤニヤしている。
「いやいや、なんで笑ってるの?」
つっこみどころを見つけたシン・ジタイ君が食いつくと、彼女はこらえきれずに声を上げて爆笑した。
「あははは!だって君の名前はシンなんでしょ、シンは中国ではセックスっていう意味なんだよ。あはは、笑える!」

それからはずっと、修学旅行の寝る前の好きな人言い合いタイムぐらいのフレッシュな、でも使う言葉が英語のため極めてシンプルな下ネタで盛り上がった。
韓国の大学生たちがアイ・ワント・トウ・シン!と大声を上げて繰り返していたあたりがマックスだっただろう。だれかがシンシンシンシンと早口で言ったので僕がまんこまんこまんことアンサーしたぐらいが日本側から提供されたわずかな下ネタだったけれど、日本人3人ともその場を多いに楽しんでいた。

僕はプラスチックのコップに典久たちの置き土産のバランタインをつぎ足した。
典久は僕の小学校一年生からの幼なじみで、今回同じ1月18日に日本をそれぞれ東京と福岡から発ちインドのコルカタで合流してここバラナシまで一晩汽車に乗ってやって来た。典久と一緒に福岡からやってきたのが隣の地区の中学校の一っこ下だったかっちゃん。二人は昼の3時ぐらいだったか夕方にならないまだ明るい時間にゴドリヤの交差点からオートリキシャに乗って空港を目指しバラナシを出てしまった。彼らはバラナシからアーグラーまで飛び、そこで電車に乗り換えジャイプールへと向かう。僕は1月31日に詩の朗読ライブをやるからバラナシに2月2日まで残り、その日の夜7時40分の飛行機でデリーへと飛びそのまま午前3時30分発上海経由の便で東京に帰る。

今回の2週間のインド旅行で、僕はやりたいことが3つある。

1 アラハバードという町で12年に1度開催されるマハ・クンブメーラーというお祭りを見る
2 もうつけることがなくなった結婚指輪をガンジス川に投げ入れる
3 ヒンズー教の聖地バラナシで詩の朗読のライブをする

毎日情報集めと挨拶回りで動き回っている感じだ。意外と忙しい。バラナシにいるのになんで。

「あれ、いつのまにかルーカスがいない」
ケイタ君が言うので僕は改めて北から南に一座の顔ぶれを見渡した。
「ほんとだ」
「あいつ、いっつもいつの間にかいなくなりません?ほんとあいつおもしろいっすよね」
ルーカスは不思議なやつだった。気づいたら輪の中にいて、特に何か喋るわけでもなく、いなくなったと思ったら自分の寝袋のうえにうつぶせで寝ている。外出どころか3階のドミトリーからさえ出ている様子がない。このパーティーでもルーカスはほとんど何も話さなかった。かといって退屈しているわけではないみたいで、静かに考え事をしているようにも見えるし、ただぼーっとしてるだけにも見える、つかみどころがないが何故か構いたくなってしまうやつだった。

「私たちはあと二日後にこの町を出るの」
バラナシにはいつまでいるのかというジュオンの質問に、ダーヘイが答えた。
「え、ほんとに?同じ日だね。俺らもその日に出るよ。」
とジュオンが肩と肩がくっつきそうな距離に近づく。まだしばらく滞在するつもりの韓国人大学生チームは「オー、ノー!」と寂しがった。
すっかりその場の主役におさまっているシンシアとダーヘイを眺めながらケイタ君が言った。
「やべえ、中国人かわいい」
「めっちゃかわいいね」
「中国人ていうだけでなんかかわいい。」
「カワイイデスカ?」
「え!喋れんの?」
それまで一言も日本語が分かる素振りを見せなかった上海娘のシンシアが、こちらに日本語で返して来たのだ。
「チュウゴクジン、カワイイデスカ?」
「すげえ、分かるんだ。俺変なこと言わなかったですよね。」
「大丈夫、ずっとほめてた」
シンシアはまるごと育ちのいい才色兼備なお嬢さんという感じで、韓国語も少し話せるようだった。聡明そうなシンシアならさらにもう一カ国語ぐらい喋れたとしてもまったく不思議はない。ケイタ君が彼女にたずねる。
「ねえねえ、かわいいのチャイニーズは?ワット・ドゥー・ユー・セイ・カワイイ・イン・チャイニーズ」
「クーアイ」
「え、クーアイ?」
「ノー、クーアイ」
「じゃあじゃあ、ユー・アー・カワイイは?」
「ニー・クーアイ」
「ニー・クーアイ」
「ニー・クーアイ」
「ニー・クーアイ。へー、そう言うんだ。ニー・クーアイ」
ケイタ君が何度も繰り返し発音するのを聞き、シンシアは照れながら「カワイイ」とつぶやいた。

1月末のバラナシの夜はまだ少し冷えて、だれもがショールや上着を持って来ていた。クミコハウス旧館の屋上は見事なガンガー(ヒンディー語でガンジス川)・ビューで、その夜も大河は、街灯の光に照らされた霧をシルクのスカーフみたいに漂わせ、ゆっくりゆっくりと流れていた。実際僕にはガンガーはいつ見ても止まっているように見えた。どっちからどっちに向かって流れているのか、いくら見ていても分からなかった。

「ダーヘイ、どうしたの、なんで泣いてるの?」
PSYのまねで一座の笑いをさらっていたシン・ジタイ君が、びっくりしたようにダーヘイにたずねた。ダーヘイはカラオケではR&Bでも熱唱してそうな元気な雰囲気の子で、お嬢さまタイプのシンシアと違いちょっとワイルドな感じも漂わせていたから、その彼女が背筋を伸ばして座りぽろぽろと涙を流しているのに一同目を丸くした。ダーヘイが答える。
「だって、幸せだから」
「ダーヘイ!」

彼女の言う通りだった。この場には韓国人と台湾人と中国人とドイツ人と日本人がいて、友達になって笑いながら酒を飲み、しかもここはインドのバラナシで、目の前にはガンガーが流れていて。そのうえ明日の朝起きても仕事にも学校にも行く必要がない。これが幸せでなければ一体幸せとはなんだろう。このパーティーに参加したみんながきっと、自分の国に帰ったあともこの夜のことを思い出すに違いない。

僕は想像した。千年前にもこんな酒宴が開かれたことがあるとしたら。場所はインドではなく、中国のどこかの都だったかもしれないし、シルクロードのオアシスに居合わせたキャラバンたちが分け合った晩餐だったかもしれない。昔話ならロマンチックな一夜の物語。けれどこの日の多国籍な飲み会はまぎれもない僕らの現実だった。ここにいる全員が年を取って死んだとしても、世界のどこかできっと何度もこんなパーティーが繰り返される。西と東も祖国と外国もすでに大昔からこうして出会い、つながりあって来たのだろう。

僕は忘れないように、今回の旅行のことを書きとめようと思う。前もって思い出話を記録しておけば、またどこかで彼らと再会したとき、すぐに懐かしい話題で盛り上がれる。バラナシの夜空に星はたいして見えなかった。けれど誰一人残念に思っていなかっただろう。毎日がまばゆいばかりの輝きに包まれていて、しかもその光の源はそれぞれの内にあることを僕らは知っていたのだから。



2013/01/28
バラナシ インド
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by matsumotoakatsuki | 2013-02-07 23:01 | インドに詩の朗読をしに行く
a small information on Maha kunbh mela Allahabad 2013
a small information on Maha kunbh mela Allahabad 2013
from me
to foreign travelers heading to the festival.

Not 100% reliable.
These are just made from my experiences and words from people I met.
日本語は下に↓あります。

1.Scale of the festival
Actually I don' know.Just vast. Millions of people are there.Some said more than twenty million.The festival has many areas. If you want to see around whole areas you need a car.I saw night view of the festival from bridge and it was really beautiful.
You can get maps from websites.

2.The biggest day is coming at tenth February 2013.
It is most common information. Sadu I met there said similar things like "Big parade". He also said that he had a convoy and I could ride on it together with them in the parade to the river. Unfortunatly now I' m back to my work, so I can not make it.
In another information, it will be coming at 7th February.This is rare.In Varanasi I met a Japanese guy.He had spent some days in the festival with sadus in their tent and he took a bath with them at 27th Jan.It was also special date of the festival. Another suggestion was brought by him.He was a man with energy.
Communication with sadus in Einglish is not so easy.If that Japanese guy was a speaker of Hindi,this rare information can be important.In fact I am not sure about his language skills.
Anyway It is better to get there ahead of time,two or three days before tenth Feb for those who want to see sadu's bath.Spending several days with sadu can make a friendship between them if you never lose respect to holy monks. I heard two times that the day is 6th Feb from other guys.

3. Main area is sector 3.
Biggest bathing point. Sadu's bath is taken place here.They have wooden fences there between normal participants.If you succeed to make friendship with sadues, It will be easier to manage to see numerous numbers of bathing sadus behind fences. If you don't have any contact with them then seeing sadu's bath is also possible by using the way that you walk with sadus'parade heading to the river from its beginning point, pretending "I am a member of this parade!". Polices are there a lot.You must sneak. I don't recommend this way strongly because it is little bit rude in a sense.Bating time is in early morning.I think it is at sunrise.

4.Place to stay
Hotels and guesthouse in Allahabad are supporsed to be full.Book previously if you want stay at accommodation in the town.From the town you have to walk some kilometers to get the festival.
One man I met said that he stayed at local pilgrim's tent in the festival area.He did it in12years ago.Not this time.It was a big tent.He asked person in the tent then he and his wife were accepted.I think tent like this are there even today.But I don't know where it is.
Rainbow family has a tent.You can stay there.I heard it is in sector7 or 17 far from main area.Rainbow baba already died.So rainbow family are taking over.
Pilot baba maybe gives you a place to stay in his tent.It locates in sector 9.I heard but didn't try.Sector 9 is also far from main area.

5.You can stay at sadu's tent.
Yes,you can.But don't forget one fact. Sadues are really really respected like saints by Indian people.So you have to show respect to them.
To stay the tent, you can ask them to sleep there.Sometime they invites you as a guest from foreign country.I was the latter.There is a possibility that my luck came from my(actually "our".I went there with 5 guys) arrival time at the festival.It was already midnight.We were wandering around and then they called us from their tent. They informed police about our visit.They said they had to.We didn't have any troubles at their tent.They gave us tea,foods and blanket.They smoked hashish a lot by using their pipe called "chilum"
Donation is always matter with tourist.In my opinion,you have to pay in this case.I paid some donation to them because they offered us many things like I wrote above.It is not accommodation but their mercy for travelers.I saw many Indian people were refused to get in the tent.Discounting does not fit.Amount of money is your decision.
Before sleep they showed us their special skill from practices.It was beyond my imagination.
Panaan is better to say than namaste.Sadu I met said so.You can show maximum respect with saying Om Namo Narayan.
Hashish,cigaret,foreign coins,sadu I met liked these stuffs.I think if you bring them with you,it will help you to have friendly atmosphere in the tent.Off course the possession of hashish is illegal.

6.To get there.
Bus is most popular and cheap transportation to Allahabad from Varanasi.Bus starts from in front of Varanasi train station.About 3 hours to get there.By train is also selectable.
The road to Allahabad from Varanasi will be very busy especially before special day.Bus will stop far from the festival because of crowd and you will have to walk for some hours like 5 hours or so.To avoid this situation,train can be better way.
We rent a car and a driver from a guesthouse"Kumiko house" .The price is below.
4persons/1 day and a night : Rs 3500.
6persons/1 day and a night : Rs 5500.
If you want a single day trip, it will be cheaper.I talked with indian friend about the prices we paid for a car,she said it was good price.We drove to Allahabad at night so we were not barriered by traffic control.Less people on the road at nighttime.

Thanks for reading.Please confirm by yourself.

Have a nice trip
good luck.



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これからマハ・クンブメーラーを見にアラハバードへ行く旅行者のみなさんへ

ちょっとした情報を。
上記英文のほうがくわしく書いているので、そっちも読んでいただけるとより役に立つかと。
ただし、100%正確だという保証はありません。自分の経験と人に聞いた話です。


1.規模
めっちゃ広大です。とても全部は歩けません。車があれば可能です。人は2千万人ぐらい来ているという話もありました。本当のところは分かりません。橋から見た夜景がきれいでした。地図はネットで見つかります。

2.一番盛り上がるのは2/10
と、みんな言っています。お祭り的にも一番大事な日のはず。サドゥーのテントに泊まり仲良くなって一緒に沐浴したという一人の日本人が、2/7の朝に一番大きなサドゥーの沐浴があると言ってました。一般的には2/10の早朝だと言われています。2/6だという人が二人いました。それは伝聞のようでした。
何日か前に行って、あらかじめサドゥーと仲良くなって沐浴の日を迎えるのが出来れば一番よさそうです。

3.メインエリアはセクター3
ここが一番大きい沐浴場だと思います。サドゥーもここで沐浴します。サドゥーの沐浴場には柵があって普通の人は入れなくなっています。サドゥーと仲良くなって一緒に沐浴するか、沐浴に向かうサドゥーの大行列にまぎれて行くかの手があります。でも2つ目の方法はちょっと礼を失している気がします。

4.泊まるところ
アラハバードのホテルやゲストハウスはどこも一杯の可能性が高いです。先に予約しておかないと難しいと思います。町からお祭りまでは数キロあります。
昔行った時に巡礼者用のテントにお願いして泊めてもらったという人がいました。今もあるとは思いますがどこかは分かりません。
レインボーファミリーがセクター7か17にテントを張っているらしいです。もしかしたら別のセクターかも。前いたレインボーババは亡くなったそうです。
パイロットババというババのテントでも泊めてもらえると聞きました。試してないので分かりません。セクター9です。おっきいテントでした。

5.サドゥーのテントにも泊まれます。
お願いして泊めてもらうか、向こうから手招きされるケースもあります。自分は後者でした。深夜にあてもなさそうに歩いていたから入れてくれたのかも。
僕はドネーションはちゃんと払ったほうがいいと思っています。サドゥーたちはものすごくインド人から尊敬されています。見てると、インド人にとってサドゥーのテントに招かれるのはすごく幸運なことなようでした。実際大抵のインド人はテントに入ることが許可されませんでした。サドゥーたちはお茶や食べ物を出してくれて、毛布まで貸してくれました。だから感謝と尊敬の気持ちを喜捨で示すのは当然だと思っています。安宿で値段交渉するようなまねは似つかわしくないなあと。
好意で泊めてもらっているだけだから。
ドネーションを払うときは、1ルピー硬貨を一枚付けるのが作法だと前に会った人に言われました。
例えば100ルピーなら101ルピー払う、みたいな。僕は1ルピーが尽きたので2ルピーとかでも付けてました。
サドゥーたちへの挨拶は、「ナマステ」より「パナーン」がいいとサドゥーに言われました。もちろん手を合わせて。強い尊敬の挨拶は「オム・ナモ・ナラヤン」だそうです。一発目にこれを言えばだいぶ向こうもほぐれてくれそう。
僕が合ったサドゥーは、ハシシ、タバコ、外国のコインをほしがりました。もし持っていたらあげると喜ばれると思います。もちろんハシシの所持は違法です。でもサドゥーは例外のように振る舞っていました。

6.お祭りに行くには
バラナシ駅前からバスで3時間ぐらいです。電車もあります。混雑するのでバスや車は道の途中で止められる可能性があります。そこから5時間ぐらい歩かされた人もいたみたいです。電車ならそういうことはないのでよさそう。でもどちらにしろ駅から数キロは歩くと思います。
僕らは宿の人に話して車をチャーターして、祭りの中心部まで行きました。
4人乗りで1泊二日:3500ルピー
6人乗りで1泊二日:5500ルピー
もちろんドライバーさん付きです。日帰りにすればもっと安いです。僕らは夜に移動したので、道路の混雑はなかったです。

詳しくは自分で実際に確かめてください。


では、
気をつけてよい旅を!
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by matsumotoakatsuki | 2013-02-04 23:29 | インドに詩の朗読をしに行く

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